362手間
クゥクゥと寝息を立てながら馬車の中で昼寝をしていると、ワシを呼ぶような声に目を覚ます。
「セルカ様、お休みの途中申し訳ありません。タガヤの工房に着きましたので」
「おぉ、そうじゃったか。ふむ…本当に街の中まで馬車で入れるのじゃなぁ」
入れるのは職人街に関係する馬車だけかと思っていたが、どうやら特に問題なくこの馬車も中に入れたようだ。
街の中に居るという証拠に、人々の喧騒とは違うカンカンと甲高い鉄を叩く音や、何かを削っているような音まで様々な音が耳へと飛び込んでくる。
「セルカ様の伐り出された木は既に運び出されておりますので、どうぞゆるゆると」
「そうかえ」
工房へと運び込んであげようかと思っていたのだが、どうやら余計なお世話だったようだ。
うーんと両手を上へと突き出し伸びを一回すると、スズシロのエスコートで馬車から降りる。
馬車が止まっていた場所は正しく工房の目の前で、眼前には板材へと加工した木を保管してある背の高い倉庫が印象的な建物がそこにあった。
「この度は、私どもの工房へようこそお出で下さいました」
「出迎えご苦労じゃ、皆楽にしてよい。では早速じゃが案内を頼むのじゃ」
「かしこまりました」
そして出迎えてくれたのは、儀礼を生業としているナギらほどでは無いものの見事に並んだ者たちの三つ指ついての挨拶だった。
さすがにもう慣れたもので、すぐに全員を立たせて楽にしてもらいタガヤに工房の案内をして貰うことにする。
工房は利便性を考えてか扉などは無く、土間から壁を取っ払い床を土では無く木の板に張り替えたかのような構造をしている。
そこでは作業に戻った職人たちがタンスや棚、机などをトンテンカンテンと組み立てたり角材に鉋掛けをしたりしていた。
「ここでは家具だけでなく家屋に使う建材の作成も行っております」
「ほうほう、それにしても木の良い香りじゃなぁ」
様々な木々の香りそれを胸いっぱいに吸い込んで楽しんでいると、その中に木を扱う上ではあってはならない臭いが混じっていることに気づく。
「のう、なんぞ焦げ臭い気がするのじゃが、大丈夫なのかえ?」
「焦げ臭い……あぁ、いま裏で焼き木をしていますので、それのモノかと」
「ほほう、焼き木とは何かの?」
「口で説明するよりも、実際に見て頂ければと思いますのでこちらへ」
そうタガヤにいわれ、一度工房から外に出て建物の脇を通ってその裏へとまわる。
焦げ臭さが一層強くなってくると目の前のちょっとした運動が出来そうな広場では、ゴウゴウと先端から炎を噴き上げている木の煙突が三本程立っていた。
「おぉ、これはすごいのぉ」
「こうやって筒の内側だけ焼きまして、それを磨きますと見目が良くなるだけでなく、虫に食われ難く腐り難くなるのです。これは主に家の外壁や縁側などに使われています」
「なるほどのぉ、それにしても態と焼くなぞ面白いことをするものじゃなぁ…」
「昔、火事で焼けた家の無事な木材を新たな家に使ったところ、焼けた木材だけなかなか腐らなかったことからこういったことをすることになったそうでして」
「ふむふむ、先達の知恵という奴じゃな」
タガヤが説明している間に焼き終わったのか、職人が煙突の一つを取り外し水瓶の傍にもっていくとバラリとひもで縛っていた煙突を崩し、真っ黒に焼け焦げた面を表にするように地面に並べそこへ水をかけている。
彼女らは火を扱う作業故に真剣そのものなのだろう、こちらを一瞥するどころか気づくことなく作業に没頭している。
「ふーむ、あまり長居して邪魔をするのも悪いのぉ…んむ、ワシはそろそろお暇するかの。おぬしらであれば女皇も満足してくれるものが作れるはずじゃ」
「必ずやご期待に沿えるものを」
「んむ、楽しみにしておるのじゃ」
ワシらはその場から踵を返し、再びの三つ指ついての見送りを受け馬車へと乗り込む。
「セルカ様、このまま社に向かう事はできませんので、一度街の外に戻りそれから牛車に乗り換えて頂きたく」
「わかったのじゃ」
馬が乗り入れるのを許されているのは職人街の馬通りだけ、牛車は街の入り口で控えさせているのだろうし元々工房に寄ったのはワシの我が儘、別にスズシロがそれを申し訳なさそうにいう必要も無い。
「のうスズシロや、最近カルンに会うておらぬし会うことは出来るかの?」
「王太子様のおられる文官の屋敷は男ばかり、ですので先触れを送り準備を整えてからとなりますから…二、三日頂くことになりますが」
「ふむ…まぁそれは仕方あるまいのぉ。頼むのじゃ、じゃが無理に急ぐ必要も無いからの」
「かしこまりました」
職人街の近くにカルンが居る屋敷がある事をふと思い出し、何となく会いたくなったのでスズシロにその場を整えてもらえるよう頼みこむ。
順調にスズシロもワシが外出することに難色を示さなくなっているなと、うむうむ一人頷くのだった…。




