361手間
バキバキメキメキと、破壊音をまき散らしながら森の中を進む。
通ってきた道はそこだけ、嵐に巻き込まれたかそれとも竜巻が通ったかのように無残なありさま。
それもそのはず獣道かそれが少し良くなった程度の木立の間を、大人二人が抱き着いても手が微妙に届かない程の胴回りの丸太が通ったのだ。
それが騒ぎ立てる壮絶な破壊音は、森の動物はおろか生き残りの小角鬼でさえも近付かないだろう。
「セルカ様、やはり私どもが……」
「いまさら何をいうておるのじゃ、それにおぬしらだけでは良いとこ…うむ、潰されるのがオチじゃ」
スズシロをはじめ皆で木を横から神輿のように支えてはいるのだが、九割九分九厘ワシが重量を支えているので完全に見た目だけの力添えになっている。
彼女らも自分たちだけで持つと言ってはいるが、実際そうなると持ち上げてなど不可能なことは分かっているのだろうワシが断ると申し訳なさそうにしながらもそれ以上食い下がることは無い。
なにせこの木は元々が大木といっても過言ではない質量であり、さらには締まっていると云うタガヤの弁通りに見た目以上の重量なのだ。
「しかしなんじゃ、タガヤはよくこれを伐ろうなどと考えたものじゃの。ワシが居らねば、どうやって運ぶつもりじゃったのじゃ?」
「小角鬼の巣があったので断念しましたが、無ければ一度戻り人員を増やしてから来るつもりでした。運ぶのはそこらにある木を伐ってこれの下に敷いて動かそうかと」
「ほうほう、なるほどの。確かにそれであれば運べるじゃろうな」
丸太にする木はそこらに幾らでもある、道さえ確保できれば十分実現可能な方法だろう。
その後も何事も無く街道へと出た時に、すわ何事かと待機してた者たちが構えたことは致し方ない…。
バキバキと巨大な物が木々を薙ぎ払いながら出てきたら、誰だってそんな反応をするワシだってそうする。
「セ…セルカ様で御座いましたか、それなのに剣を向けたこと誠に申し訳なく…」
「よいよい、おぬしらがしっかりと仕事をしておった証拠じゃ、褒めこそすれ責めるいわれなどなかろうて」
「ありがたきお言葉」
「さてと、あとはこれを荷馬車にのせて運ぶだけじゃが…どうするかのぉ」
タガヤが木材運搬のために連れてきた荷馬車は、丸太の重量に耐えれるように珍しい六輪のモノ。
更にそれを引く馬は輓馬の様に筋骨隆々で、ワシの乗る馬車を引く馬よりも一回りも大きいのが二頭。
それでも尚この木を運ぶには力不足であろう、はてさてどうするかと考えているとタガヤがその方法を伝えてきた。
「女皇陛下に献上する為の台座はそこまで高さは要りません。ですのでここで三分の一だけ持ち帰り、後日専用の運搬馬車を持ってきて我々が運びますので」
「ほほう、では早速斬るとしようかの」
「はい」
ワシが言いタガヤが同意すると、護衛を兼業している工房の者たちが荷馬車から二人掛かりで使うような巨大な丸太鋸を取り出した。
だがしかしワシがそこへ待ったをかける。
「待て待て、ワシが斬るというたであろう? ちと危ないから離れておくのじゃ」
タガヤはワシのやることを即座に理解して、取り出した丸太鋸の雄姿をお披露目することなく荷馬車へと戻させて少し距離をみなに取らせている。
全員が離れたのを確認すると、大体丸太の全長三分の一くらいの所に立って刀を上段に構え、大根でも切るかのような手軽さでスタンと丸太に刀を落とす。
伐り出した時と同様、完全には切れてはいないのでトテトテと反対側へ回り込み、同じようにストンと残った部位を切り落とす。
「んむ、この位かのぉ…」
切り出した丸太はワシの身長より少し長いくらいだろうか、巨人のテーブルのようになったそれをよっこらせと心中で呟きながら荷馬車の荷台へと載せる。
「とととタガヤや、勝手に載せてしもうたがこれでよかったかの?」
「え…えぇ」
残っていた工房の者はあんぐりと口を開け、侍中たちは地面までスッパリといっていることにご執心のようである。
「して、残りはそのままにしておいても大丈夫なのかえ?」
「はい、神子様でない限り動かせぬでしょうし。野盗どもにも無用の長物、薪にするにも一苦労でしょうし盗るものは居ないでしょう」
「それもそうじゃな、そういえば街に入ったらどうするのじゃ? 馬は入れんのであろう?」
「御心配には及びません、職人街には特別に馬が入れる馬通りがありまして、このまま直接乗り入れることができますので」
「ほほぅなるほどのぉ…そうじゃ! せっかくじゃからおぬしの工房を見学させて貰えんかのぉ」
「私としては神子様の言に否やは御座いませんが…」
ポンと手を打って言った言葉に、タガヤは色よい返事をくれながらちらりとスズシロをみる。
「安全が…と言いたいところですが、セルカ様に安全がというのはむしろ不敬になってしまいますので」
「ということは…?」
「私からも反対は御座いません」
「決まりじゃな」
パンと手を打ちスズシロの気が変わらぬうちにふんふんと、さっさと帰ろうと言わんばかりに馬車へと乗り込む。
以前に社を抜け出した時は常に追いかけられていたので、のんびりは出来なかった。
これを機に街に繰り出せる機会が増えればと、ニヤリとほくそ笑むワシを乗せた馬車は一路街への帰路につくのだった…。




