359手間
焚き火を跨ぐようにしておかれた三脚にぶら下がった鍋が、クツクツツプツプと美味しそうな匂いをまき散らしながら煮えている。
当初は鍋などではなく干し肉ていどの侘しい食事になるはずだった。
というのもタガヤの護衛たちが言うには近くに川があったらしいのだが、正直使えたモノでは無いと…もう少し上流に行けば大丈夫そうだったが流石にそれは危険ということで水は汲まずに帰ってきた。
しかし、水であればワシにかかれば何処でだって幾らでも補充できる、そこでタガヤたちの当初の予定通り鍋を作ることになった。
「神子様のお蔭でこの様な場所なのに良いものが食べられるとは…感謝に堪えませぬ」
「いやいや、ワシは水を出しただけじゃしの。礼をいうのであれば食材を運んできたスズシロらにいって欲しいのじゃ」
「セルカ様のことを思えばこそ、私どもに感謝の言葉は不要です」
「感謝の言葉くらい受け取れば良いのにのぉ…」
タガヤ達の持ってきた食材は、腹持ちと携帯性を優先した芋を乾燥させて砕いた粉と干し肉だけ。
干し肉を水で煮てもどしがてら出汁を取り、そこに芋の粉を加えてさらに煮ただけのどろっとしたお粥の様なものだった。
そこで待ったをかけたのがスズシロたち侍中、なんと彼女らは生肉や生野菜などをしっかりと持ち込んでいたのだ。
当然生ものなので日持ちもしないという事で、干し肉だけだったお粥の具材は鍋物の様に豪勢なものと化したのだった。
「この時期に鍋物というのも何ですが、セルカ様に下手なものをお出しするわけにもいきませんし…と、こちらをどうぞお熱いのでお気を付けください」
「んむ、しかし別に鍋物くらいどのような頃に食べても変わらぬであろう?」
しっかりとお肉多めに盛られた椀を受け取りながら、スズシロの言った言葉に首を傾げる。
「そういえばセルカ様は王国から来られたのでしたね…すっかり忘れておりました……」
「ふむ?」
「この辺りでは今のあたりから暑くなるのですよ、今回は暑くなるのがずいぶん早いのですが時期は合っていますね、ですので鍋物は避けることが多く」
「なるほどのぉ…」
言われてみれば暑かった様な気がしないでもない、気づかなかったのはワシが暑さ寒さに随分と疎くなっているからであろう。
恐らくは、霊峰フガクがカカルニアの火のダンジョンの様な性質を持っているのだろうそれがこの時期活発化してしまう。
そして暑くなるのが早いのは、あの炎の精霊が火のマナを盛大にぶちまけたせいであろう。
「ま、何にせよ旨そうなモノの前じゃ、冷める前にいただくとするかの」
「どうぞお召し上がりください」
スズシロと話している間に全員に椀が行きわたっているが、誰一人手を付けようとしない。
理由は簡単、ワシが手を付けていないから…せっかく作ってくれたスズシロらに冷や飯を食わせるわけにもいかないので、さっさと木の匙でひと掬いして口へと運ぶ。
「おぉ、これは中々うまいのぉ」
「お口にあったようで何よりです」
干し肉の出汁がしっかりと芋の粉にまで染みわたっていて、簡単に作ったとは思えぬ味わい。
タガヤらもホッと胸を撫で下ろすかのように肩を上下させてから、次々に口を付け始めている。
おいしそうに粥をかきこむタガヤたちであったが、ピタリと何か思い出したように手が止まりワシに向かって口を開く。
「神子様にお聞きしたいことが」
「なんじゃ? 遠慮せず言うてみい」
「神子様のように強くなるには、どうしたらよいのでしょうか?」
「ふむ…ワシのようにのぉ」
「もちろん、神子様と私どもを同列に考えるなどという不敬を申している訳ではなく、少しでも近づきたく…」
少し言いよどんだのを勘違いしたのか、慌てて言い訳の様なことをいってきたので思わず苦笑いをして、手を振り気にしてないと伝える。
「ワシのようにというのであればじゃが、気を悪くせんでほしいが無理じゃ。スズシロらに聞いた方が良いじゃろう」
「それはどうしてですか?」
「分かりやすく簡単に言えば種族が違うといえるじゃろうな、人がいくら研鑽を積もうと狼の動きは出来ぬ様に…の」
「神子様は獣人では無いのですか?」
「獣人じゃが…んー」
どう説明したものかと目をつぶり顎に手を当て首を捻る。
「その辺りは難しい話じゃからのぉ、一先ず置いておいてじゃ。おぬしら…そうさのぉ魔法の種火を使って、どれほどまでは息切れせぬかの?」
「種火…でしたら十ほどは」
「自分は八くらいかと」
「私は十二ほど」
「ふむ、それが如何ほどの基準なのかはワシにはさっぱり分からぬ。しかしのワシは種火を万使おうと息切れはせぬ、川の流れと見紛うほどの水を生み出そうと一呼吸の労力にも満たぬ」
タガヤたちだけでなく、なぜかスズシロたちまでゴクリと唾を飲んでワシの話の続きを待っている。
「マナは呼吸だけで無くその身の内よりも湧き出ておる、もちろん自分のマナ耐性よりも随分と少ないがの。これが多ければ多い程にマナ耐性も上がり身の内に留めて置けるマナも増えるがこれが身体能力を上げるのじゃよ」
「おぉ…ということはマナ耐性を上げれば強くなれると…」
「事はそう単純ではないがの、当然技量や筋力と同じく普段から使う者の方が増えるのじゃが…技量や筋力と違って基本的に一生の内にほとんど増えはせぬ逆に減りもせぬがな、これは生来のマナの量で決まるといっても良いじゃろう、こういったところは才能に近いの」
あのカイルでさえ生み出せるマナと留め置けるマナの量は変わらなかった、増えたと勘違いする者も居るがそれは今まで百使っていたのが五十で済むようになっただけで、実際は増えも減りもしていない。
唯一の例外はワシ自身だけ、もしかしたら単に枷が外れていっているだけかもしれないが、それでも扱える量が増えていることには変わりない。
「やはり強くなるには鍛えるしかない…と」
「そうじゃな、そうなるとワシは門外漢じゃワシに出来るのは、早いものを見せて早いものに目を慣れさせる様なことだけじゃからのぉ」
「でしたらあの蒼い炎をご教授いただければ!」
「それはもっと無理じゃ、そもこの炎はワシにしか扱えぬ類のモノじゃ。それに手のひらに乗せる程度の炎とて、マナに優れたもの百人が命を振り絞ってやっとのマナを必要とするからの」
そもそもこれは法術でも魔法でもないワシオリジナル宝珠由来のもの、体内のマナを使う事から法術とワシはしているが狭義で言えば全く違うモノだ。
それ故にマナの消費量も半端ない。ワシからしたら大したことない量ではあるが、普通のモノであれば命を賭しても使えぬほどに。
「だから…だからこそ種族が違うと仰ったのですね」
「うむ、そういう事じゃな。とはいえそれでは寂しかろう、そうじゃのぉ体を動かす場所にマナを集めるような感じにするとよいのじゃ、そうすれば多少は力強く動けるはずじゃ。もちろんその分息切れも早くなるがのぉ」
「な、なかなか難しいというか…できないというか…」
早速実践しているのだろう、うんうんと唸りながら腕を曲げたり伸ばしたりしている集団は何ともシュールだ。
「じゃからこその鍛錬じゃ、ワシは常時それを全身でやっておるからこその膂力や反応速度と思えばよい。あぁ、じゃが普通の鍛錬も怠らぬ様にの、これはあくまで補助じゃ荷車の後ろを押すようなもの、元の荷車の大きさや曳く馬や牛がひ弱では意味がないからの」
「さすがセルカ様、マナだけでなく金言も沸く水のごとしです」
スズシロが感動しきりといった具合だが、大げさすぎてちょっとこそばゆい。
「明日も早いじゃろうしワシはもう寝るのじゃ」
「かしこまりました、夜の守りはお任せを」
こそばゆさから逃げるように椀をスズシロに返し、用意してくれた天幕へと潜り込み尻尾を枕と布団になるほど言われてみればちょっと暑いかな? などと考えつつその日は眠りにつくのだった。




