357手間
九つの火柱があがった周囲の小角鬼たちが掻き消える。
それがどれほどの戦果かを確認することなく、着地地点で待ち構えていた小角鬼の頭を蹴飛ばしその反動で後方へと宙返りをする。
「貴様はこれでも食ろうとれい!」
刀を逆手に持ち替えて、左手を柄頭へと添えて着地すると同時その場にいた小角鬼をつむじから串刺しにする。
グサリと落下速度とワシの体重が乗せられた一撃で、鍔近くまで小角鬼に深々と突き刺さる。
今目の前で、仲間が惨たらしい骸を晒しているというのに、小角鬼はゲキャゲキャと下品に笑う事を止めずワシへと棍棒や粗末な剣を振りかざして襲い掛かる。
「おぬしらの笑い声は実に耳障りじゃのぉ…ちぃと黙っとれ!」
刀が突き刺さったままの小角鬼の体を、引き倒すように斜めにして今度は順手に持ち替えて両手で握る。
フッと息を吐くと、鍔と小角鬼の頭の間のわずかな隙間から蒼い炎が噴き出して、たちまち灰の塊に息を吹きかけたかの様に小角鬼の体が消滅する。
小角鬼の分だけすこし軽くなった刀を円を描く様に乱暴に振り回す。それに伴って刀に纏わりついたままの蒼い炎が刀身の軌跡をなぞるように周囲の小角鬼を焼き尽くされた。
「ふぅむ、まだ五月蠅いのぉ」
一瞬にして十数匹の仲間が灰も残らず焼き尽くされたという状況に、近くの小角鬼はさすがに狼狽している。
しかし、未だ賽の河原に放り出されたことに気づかぬ哀れな小鬼どもの声が耳に響くことに顔を歪めたその瞬間、背後から何かが飛んできたのを察知してその場から素早く飛び退る。
飛んできた何かは狙いが逸れ、近くにいた小角鬼に当たりグギャァという間抜けな声と共に全身が炎に包まれる。
「ぬぅ、魔法が使える奴がおったのかえ……」
矢継ぎ早に飛んでくる火の玉をヒョイヒョイと一個二個避けるたび、一匹二匹と哀れな松明が末期の舞を踊る。
「巻き添えすら厭わんとは、何とも恐ろしいのぉ」
小馬鹿にした口調で煽るも小角鬼には効果がなく、それどころか巻き添えになるのも気にしてないのか、じりじりとワシの周りを囲む数を増やしている。
だがしかし所詮は小角鬼十重二十重に囲もうと、ワシにとっては質の悪い紙にも劣る包囲網。
それよりもと、囲む小角鬼に当てないよう角度を付けてきた火の玉を、蒼い炎を纏った刀でかき消しながらその出先を睨みつける。
「なるほど…巻き込まれんかったとは、運が良いか悪いのやら…」
あばら家に被害が出ず、尚且つ小角鬼が固まっているところに適当に撃ちだした狐火。
ただ一発だけしっかりと狙った所がある、それはあの頬が裂けた小角鬼の長が居たところ。
本来であれば長を失った小角鬼は四散するはずだった、まさかこれほど早く長の権限を引き継ぐとはこれも本能がなせる業というものだろうか。
ギロリと睨む先には、杖というには余りにもお粗末すぎるそこらの木をただ拾っただけの様なものをかざす小角鬼。
周りの小角鬼よりも少しだけ頭一つ分程度大きなその体躯は、巣立つ側の小角鬼の長だろう。
「巣分け直前は凶暴化しておる上に、実質長を二匹倒さねばならぬとは…中々に厄介な習性じゃのぉ」
もちろん、ワシ以外にとってと付くが…。
眺めていた間にも、絶え間なく飛んできた火の玉のお礼とばかりに狐火を与えてやれば。
取り巻きかただそこに居ただけか、新しい長の周辺の小角鬼ごと敢え無く僅かばかりの天下が灰と消える。
「うーむ、なんぞこうビビビッとなんぞを出しとるのかのぉ…」
長が消えた途端に小角鬼たちは、まるで催眠術を掛けられた人がポンと手を叩かれたかのようにキョロキョロと辺りを見回し始め。
今いる場所がいかに危険な所か気づいたのか、手に持った棒や何ならを放り投げるようにして逃げ出し始めた。
「残念ワシからは逃げられぬ」
逃げ出す先へ狐火を放り火柱をあげ、逃げ脚を潰すと止まったその背を無情にも後ろから切り付け灰とする。
幾らほどそれを繰り返しただろうか、その頃には小角鬼がここに居たという証拠は乱れに乱れた足跡だけだった…。




