356手間
タガヤが以前これ以上は巣が怖くて木を伐ることが出来なかったという場所に着いた。
陽はまだ陰る気配を見せず、一日以上かかった前回はよほど慎重に進んでいたか道中で他の木を伐っていたのか。
何はともあれワシらは、タガヤが近くだと言い張る巣の近くの木立や下生えの陰に潜み様子をうかがっている。
「のう…おぬしがいっておる木というのはアレじゃな?」
「はい! あれです!」
念の為に確かにそうかとタガヤに聞けば、ワシが初めに感じた偏屈そうという印象は何処へやら。
タガヤはまるで、もう少しでおもちゃを買ってもらえる子供のように目を輝かせ声を弾ませる。
なるほど、タガヤの輝く瞳の先にある木は一目で立派な木だと分かる。町であれば少し難しいが里や村であればシンボルとなるほどに、そう里や村であれば…。
「おぬし近くじゃと言ったな?」
「はい、小角鬼の巣の近くだと」
「あれはな近くではない! ど真ん中というのじゃ!」
ワシはタガヤに向かいなんとか声量を抑え込み、ビシッと木を指さして声を荒げる。
タガヤの顔はどうです近いでしょうと井戸端の家を紹介する者かのように誇らしい。
確かに徒歩にして一歩も無く、毎日の水くみもさぞ楽な立地といえよう…。
「うーむ、単純に焼き尽くせばよいと思っておったが…」
「えぇ、これだけ大規模な巣ですと、人が囚われている可能性も高いです」
ざっと見ただけでも百匹以上の小角鬼大集団が銘々好き勝手なことをして過ごしている。
仰向けになり腹をかきながら寝こけているモノ、何かを貪っているモノ、生意気にも武具の手入れらしきことをしているモノ。
その大集団の中のに点在する、雨風しのげれば御の字といった具合の落ちていた木だけで作ったようなあばら屋の中には、人や物、食料などが詰め込まれているのだろうか。
しかしこれほどの大集団、いくら小さな小角鬼といえど維持するのにかなりの食料が必要になるはず…とすれば……。
「うむ、来たタイミングとしてはギリギリじゃったようじゃな……」
「確かに、これだけの数が街になだれ込んでくる前でよかったです」
「いや、流石の小角鬼も、たったこれだけでは勝てぬと分かっておるじゃろう。それよりもじゃ、ほれあそこを見てみい」
ワシの指さす先にこの集団の長であろう個体、他の小角鬼たちの四倍はあろうかという黒緑色の体躯、ヘビの様に右側だけこめかみの辺りまで裂けた頬は、いびつに治癒した皮膚が引っ張られているのかひきつった笑みを浮かべているようだ。
「昔なんどか巣を潰しに出たことはありますが、あれほど大きな長を見るのは初めてです」
「うむ、それもあるが次はあっちじゃ」
つついと長を指さしてた先を左に滑らせて、こんどは長から少し離れた場所にいるこれまた他の小角鬼よりも大きな個体を指さした。
「長が二匹…ですか? セルカ様」
「んむ、という事は間もなく巣分けが行われるところだったのじゃろう」
「なるほど…それでギリギリのタイミング…と」
「え? ちょっと待ってくださいよお二人さん、巣分け前ってことは…一番凶暴な時期じゃないですか」
ワシとスズシロの話に割って入ってきたタガヤの護衛…どういう訳だか魔物は巣を分ける事になると凶暴になる。
長個体が増えることで縄張り争い的なものが発生し凶暴化するのだが、正しい所は魔物に聞いてみないと分からない。
何にせよ巣分けが出来るほどに数が多くなり、さらにそれが凶暴化して一か所に固まっている巣分け前は、魔物が最も危険な期間である。
「んむ、そうじゃな」
「流石に戻って増援を」
「もちろんこれだけの規模であれば防人も動くでしょう」
「じゃが、その間に巣分けが行われる可能性は高いのぉ」
巣分けが行われ元の巣から出ていった集団は次なる巣を作る場所を探す、ここの様に何もない広場や洞窟を巣にする可能性が一番高いのだが、人里を襲ってそこを巣にする場合もある。
どこを巣にするにしろ、その道中で運悪く遭った者たちがどうなるかは推して知るべし。
「つまり…」
「ここで片付けるのじゃ!」
「いやいやいや、流石の神子様でもこれだけの数は」
「んむ、それが問題なのじゃ…」
「ですよね」
「あの掘立小屋の中に、まだ無事な人がおるかもしれんしのぉ…まとめて吹き飛ばすことも不可能じゃ」
「そこ!?」
まとめて焼こうとすれば確実に巻き込まれてしまうだろう、ある程度は焼くものを選別できるがそれはあくまで視界内のものに限る。
であればやることは単純、突っ込んでぶっ飛ばす!
「いや、流石にそれは無謀ですって!!!」
「む? 口に出ておったかの?」
「スズシロらはここで待機じゃ、逃げてきた小角鬼どもからタガヤを守ってやるのじゃ」
「我々も!」
「それはダメじゃ危ないからのぉ」
「でしたらやはり神子様!」
「あーいや小角鬼どもが危ないという訳じゃないのじゃぞ? ワシがおぬしらを巻き込んでしまうかもしれぬから一緒に来たら危ないのじゃ」
小角鬼どもと一緒に吹き飛ばしてしまいましたなぞ冗談では済まされない。
それにワシからすればここらの魔物など紛い物、氾濫であふれ出た本物の魔物に比べれば何のその。
「日が沈まぬ内に木を確保しておきたいしのぉ…さっさと行ってくるのじゃ」
他の者の言葉を聞くことなく一人木陰から躍り出ると、小角鬼の集団へと一気に肉薄する。
流石の小角鬼もそこまですれば気付いたのだろう、ゲキャゲキャと下品な笑い声をあげギョロリとした目をワシに向ける。
「さてと大掃除の始まりじゃ!」
小角鬼の巣と森の境目の木を使い三角飛びの要領で飛び上がり、小角鬼たちの頭上から九つの火の玉を撃ち込めば。
それと同時九つの蒼い火柱が上がり、小角鬼たちにとっての阿鼻叫喚が始まるのだった…。




