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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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曲者のお忍び:その2

 今日は訓練も無く、一日特に何もないはずだった…。もちろん陽のある内のセルカ様がいらっしゃる社の守衛という仕事があるけども。

 それにしたってセルカ様は女皇陛下に比べると、我が儘も仰らないしとても楽だし名誉でもある仕事だ。

 だったというのに何で私は街中を必死で走っているのだろうか…。


「どこに行った!」


「はっ申し訳ありません、屋根を飛び越えられてしまいまして…見失いました」


「くぅ、またか」


 社に忍び込んでいた賊の身体能力は凄まじい、聞き込みによればヒューマンの女性らしいのだが私たち侍中すら歯牙にもかけない程。


「ヒューマンの女性とはこれほどなのか……」


「いえ、その様なはずは…我々の男どもと同じ程度だと聞いていますが」


「まったく…セルカ様を相手にしているような気分だ…」


「セルカ様…ですか?」


「あぁ、いや何でもない、引き続き捜索を頼む」


「はっ!」


 駆けてゆく防人の背中を見送りながら額に手を当て頭を振る。

 あのアホみたいな身体能力に加え、聞き込みをする人たちが印象を聞けば一様に神子様…つまりセルカ様に雰囲気が似てるなどというものだから、つい似ているなどと口から出てしまった。

 賊と一緒にするなど不敬にもほどがある…セルカ様であれば気にしないと笑って許して下さるだろうが…。


「どうだ? 捕まえられそうか?」


「あぁ、頭…いえ、今のところ無理そうです。何故か街から出ないので完全に逃げられはしませんが…」


「そうか…セルカ様に関しては?」


「話を聞く限り賊は単独の様なので連れ去られているという訳でもなさそうです、私が見た時も一人でしたし」


「着替えて森の方に行かれているのだろうか」


「だと良いのですが」


 だとすれば、運が良いのか悪いのか。

 セルカ様が賊に襲われなかったのは良いことだが、セルカ様であれば賊ごとき一蹴して大捕り物にならなかったはず…。

 いやいや、セルカ様に頼り切りというのは侍中の名折れ、何としても賊を捕縛しなければ…。


「それにしても…私たちから逃げ回りながらお店に立ち寄ってるなぞ…」


「えぇ、しかも食い逃げなどせず、むしろ貰った方が困るほどののお金を支払っているらしいです」


「あの金貨か?」


「はい、商人にも聞いたのですが見たことすらないと…」


「王国の向こうに神国だったか何だったかがあったはずだが、そこの貨幣とは?」


「商人が言うには違うだろうと。かの国は獣人を人として扱っていないと聞きますし、ここまで来るはずがないと」


「そうか…ではこちらは頼んだぞ」


「はっ!」


 頭を見送りってその背が建物の角に隠れると、周りの人に気づかれぬ程度にため息をつく。

 今のところ捕縛を試みている防人も含めて怪我人が出てないのが幸いか…とはいえいつまでも手をこまねいている訳にもいかない。

 しかし、賊を捕まえる手立てがないのも確か、こちらを軽々と振り切る速力でありながら通行人にぶつからなず一足で家を跳び越す…そんなバカみたいな者をどうやって捕まえればいいのか……。


「ふぅ…スズシロの奴めようやく行きおったか、勘の良い奴よのぉ…」


「ん? セルカ様ご無事でしたか」


 いつもより少しばかり声が低い気がするが間違えるはずもない声が聞こえ、そちらへと顔を向けてピタリと止まる。

 それは向こうも同じようで家と家の隙間から顔を出し「あっ」と口を開けた姿で止まっているが、よくよく考えればこんなところにセルカ様が居るはずがない。

 という事はこれは賊だ、あぁ…確かにセルカ様によく似ている、いや…セルカ様が美しく成長されたら、この様になるだろう思えるほどにそっくりだ。


「いたぞー!」


「しまっ! ふぎゃん!!」


 叫ぶと同時に体が動く、賊は驚くことに溜めも一切なく私を飛び越えるそうな跳躍をしようとして、丁度私が放った投げ縄に足を取られ地面へと顔から落ちた。


「うぐぐぐ、い…痛いのじゃ、痛くは無いが心が痛い…」


「つ…捕まえましたー!」


 人の背丈の二倍ほどの高さから、受け身も取らずに顔から落ちたというのに喋れるとはなんと丈夫な賊か…。

 さらには呆れることに未だ逃げようとしているではないか…だがしかし、そこへ私の声を聞きつけた防人の持つ捕縛用の槍が動きを封じるように一本二本と突き刺さる。


「観念しなさい、これ以上抵抗するのならばその足を切り落とします」


「うぅ…ワシとしたことが…」


 声や容姿だけでなく喋り方までセルカ様そっくりとは…世の中似ている人が何人かいるとは聞くが何とも数奇なことだ。


「よくやったな…」


「頭…いえ、運が良かっただけです…」


「謙遜するなよ…よくやった話は私が聞いておく、お前は社に戻って休んでいてくれ。もしかしたらセルカ様が戻ってらっしゃるかもしれないしな」


「はっ!」


 頭に言われ気が抜けたのかどっと疲れが全身を襲う、交代の頃合いになったら温泉に行こう…そう硬く心に近い社へと足を向ける。


「さてと…随分と手間取らせてくれたな…」


「むぐぅー」


「貴様が何者かは詰め所でゆっくり聞こう、縛り上げよ!!」


 守衛の任に就いている者から話を聞いた時は心胆を寒からしたが、目の前でグルグルと賊がお縄につく姿を見て心底ほっとする。

 セルカ様が賊ごときに後れを取るとは思わないから、勝手に森へとお出かけになられていたのであろう…まだ社にお帰りになっていないようだし、これ以上お心を煩わせる訳にもいかないのでここで捕まえれて本当によかった。

 縄がかけられ防人たちに引っ張られ、トボトボと歩く賊の後ろを警戒しながら着いて行く、何せ侍中相手に大立ち回りをした相手だ…この状態から逃げられてもおかしくはない。

 だがしかし、私のそんな懸念も過ぎたものだったのか賊は大人しく詰め所まで連れていかれ、捕縛槍を手にした防人たちに囲まれながら私と相対す。


「なぜ社に居た?」


「そ…それはのぉ…」


 捜索中、街の人たちがセルカ様に雰囲気が似ているといったが、雰囲気が…などという程度ではないほどに声も見た目もそっくりだ、ヒューマンでなければセルカ様の姉といわれれば疑うことなく頷いてしまいそうになるくらい。


「まぁいい…質問を変えよう、あそこに何方がいるか知っていて忍び込んだのか?」


「う…うむ、それはまぁ…」


「何も盗らずとも忍び込んだだけ、たったそれだけで問答無用に首を斬られてもおかしくはないと知っているか?」


「むぅ……」


 盗まれたものはな…いや、賊が着ている着物は奉納された品では…。


「その着物を盗むために忍び込んだのか?」


「いやぁ…何といえば良いかのぉ」


 確かに着物自体、奉納されたというだけで非常に価値のある物ではあるが…それ以外は少し良い程度の着物でしかない。

 奉納された着物という品を盗むのが目的であれば着ている意味が分からない、着るものを盗むために忍び込んだのであれば、どう考えても危険との秤が釣り合わない。

 どちらにしろお金に困ってという訳ではないだろう、何せ逃げる先々で金貨をばらまいているのだから。


「むぅ…逃げるのであれば、流石に怪我をさせそうじゃしのぉ……」


 まるで逃げることは容易いとでも言っているかのよう、だが実際その通りなのだろう傲岸不遜な態度ではあるが嫌味でもない、そんなところまでセルカ様にそっくりとは…。

 さてどうやって口を割らせるかと考えていると、詰め所の中に霧か煙かが突然立ち込め始めた。


「火事か!」


「いえ、賊から!!」


「ちぃ、逃げる気か!」


 何をしたのか賊から出ているという煙のせいで手元すら見るのも覚束ない中、小刀を油断なく構えていると風も無いのにフワリと煙が晴れる。

 第一に賊を確認し先ほどまで顔があった位置には何もなく、逃げたかと思い顔を横に向けようとしたところ、目の端にピクリと動く白いモノが目に入る。


「えっ?」


 先ほどまで賊が居たところに居るのは、見紛うはずもないセルカ様のお姿。

 まるで賊が縮んだかのようにぶかぶかの着物を着て手を後ろ手に縛られた状態で…。


「セ…セルカ様?」


「神子様!?」


 案の定防人たちも混乱して、向けていいものかと捕縛槍を上下させている。


「なぜここに…いえ…どういう…?」


「いやぁ…まさかここまで大事になるとは思っておらんでのぉ…」


「どういう…ことでしょうか……?」


「んむ、気づいておるかもしれんがまぁ、あれはヒューマンの姿ではあるがワシじゃの」


「賊…いえ、あのヒューマンの女性はセルカ様であると…?」


「うむ、その通りじゃ!」


 セルカ様にそっくりな賊はセルカ様でヒューマンで…えっえっ…。


「魔法で見た目を誤魔化していたと思えばよいのじゃ」


「そのようなことが……できるのですか?」


「うむ、現にワシがしておったであろう?」


 そんな魔法があったなんて知らなかった…もしこれがセルカ様でなく本当の賊が使っていたのであれば…。

 背に井戸水を掛けられたかのような悪寒に体を震わせ、すぐにでも女皇陛下に知らせるために文を書かねばと踵を返しかけて当のセルカ様に呼び止められる。


「大方悪用されたらなどと考えておるのであろう?」


「えぇ、容姿が変えられる魔法を使う相手など、どう相手すればよいか…」


「安心するがよい、コレは多分ワシにしか使えぬからのぉ。そもそもやり方を知っているのはワシだけじゃし、万が一使えたとしてもアホほどマナを消費するしの」


「一瞬でも使えれば…」


「維持をするだけで崖に注ぎ込む滝のごとくマナを消費する上に、変化する際はそれ以上にマナを使うからのぉ。まともなモノであればただの自害にしかならぬて」


「そ…そうなのですか…」


 それほどのマナを消費しながら、あれ程の大立ち回りをするとは…セルカ様のマナは文字通りの底なしなのだろうか。

 いやいやいや、今はそれよりも大事なことがある、危うく忘れかけるところだった…。


「で、セルカ様は何故このようなことを?」


「んー? 何…暇じゃったからのぉ」


 女皇陛下の様に我が儘も仰らないと侍中たちから評判だったのだが、もしかしたらセルカ様の方が厄介なのかもしれないと、額に両手を当て天を仰ぐのだった…。

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