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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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曲者のお忍び:その1

久々の番外編デス

 炎の精霊を倒してからしばらく半月ほど様子を見る予定だったのだが、避難していたほぼ全員が既に街へと戻ってきている。

 というのもワシが倒したのが街からなんとか避難を開始した直後らしく、それもあってわざわざ隣の街に行くよりもと戻ってきているのだ。


「暇じゃな―」


 手持無沙汰にかまけ、無造作に床に転がされている赤晶石をノックするとコーンと澄み切った音が響き渡る。


「お忍びで街に行くのものぉ……」


 抜け出すことは訳ないが、それ以降が問題だ。尻尾や耳ですぐにバレてしまう、下手すれば大騒動で街が混乱してしまう。

 なにせこの街の人はワシの容姿を知っている、場合によっては直接見ているので他人の空似などと誤魔化すことも不可能だ。

 しかし、一度行ってみたいと思いだすと、フツフツと後から後から衝動が湧き上がってくる。


「如何したものかのぉ…ん?」


 ふと未だに残っている奉納された品、その中の着物に目が留まる。

 ワシには大きすぎる故に袖を通すことも無く、運悪く侍中や巫女にも選ばれなかった一着。


「ふふふふ、ワシとしたことが忘れておった。着れぬなら、着れるようになればよいではないか!」


 ててててと着物の傍に駆け寄り、手を伸ばしかけてその手を引っ込める。

 ここでもしナギやらスズシロやらが入ってきたら台無しだ、ワシが変化できると知られるのはマズイ。

 着物からくるりと踵を返し、てててててと今度は社務所側の勝手口へ向かいガラリと戸を開けて傍で控えている侍中に声をかける。


「これはセルカ様、如何なさいました?」


「うむ、ワシはちと休むでの。しばらくは誰も通さぬ様にして欲しいのじゃ」


「かしこまりました」


「うむ、頼んだのじゃ」


 これで邪魔が入ることは無くなった、しめしめと口角を片側だけ上げながら戸を閉めて、足取り軽く着物の場所へ向かうと今度こそと手を伸ばす。

 今着ている物をすべて脱ぎ目を閉じて、新しい着物に合うような体型をイメージする。全身が背伸びをしているかのような不思議な感覚が収まり目を開けると、先ほどまでとは全く違う景色が広がる。


「久々じゃったからどうかと思うたが。うむ、何の問題も無さそうじゃな」


 高くなった視点、さらに長くしなやかになった白魚のような指。もう少し確認しておきたいところだが全裸で過ごす趣味も無いので後でいいかと新しい着物、今のワシにピッタリとなったソレへと袖を通す。


「む…帯は…こっちでよいか」


 衣桁にかけられていた着物は、運の悪いことに帯がセットではなかった。なので脱ぎ捨てられた前の着物から帯だけを取って腰へと巻き付ける。

 ぎゅっと絞められた帯をポンと叩きしっかりと着付けが終わったことを確認すると、体を左右へとひねったりして全体を確認する。


「ちと胸が窮屈じゃが…まぁ良いか、それよりも……」


 全身を確認する段になって、ようやく最大の障害のことを思い出した。それはこの尻尾。

 大きくなることによってさらにボリューミーにふわっふわになった九本の尻尾、顔を埋めるだけで人を幸せにしてダメにするであろうことが分かるソレ。


「どうにかせねば…うーむ、大きくなれるのであれば隠すのも出来るはずじゃ!」


 化けた狐は耳や尻尾を隠している、なればワシに出来ぬはずがないと両の拳を握りしめ、気合いを入れてイメージする。

 ふっと周りの音が遠くなり、心なしか後ろが軽くなってコンと非難がましいスズリの声が聞こえた。


「お? おぉぉ、成功じゃ! うむ、さっすがワシじゃ!」


 ペシペシと頭を叩けばそこに耳は無く顔の側面には新たな感触、振り返っても視界を遮るものは無く、魚の尾ひれの様に後ろ手に振っても当たるものはない。

 くくくくと含み笑いをしていると、よじよじとスズリがワシの肩へと昇ってくる。


「あー…すまんかったの、尻尾が無ければおぬしが隠れれぬのぉ…人目に付かぬところでお留守番するかえ?」


 嫌だとでも言ったのか、コンと一鳴きするとスズリは肩から腕をするすると伝い袖の中へと入っていった。


「そこでいいのかえ?」


 布越しの少しくぐもった鳴き声が聞こえたので了承したと捉え、これからどうするかと顎に手を当て考える。

 正面入り口は守る侍中に加え参拝客がいるのでそこから出たら大騒動待ったなし、左右の勝手口にも侍中が居る。


「んむ、では裏手からじゃな」


 裏手から社の屋根に乗り、そこから縮地で境内の外に出れば誰からも見られず、万が一誰か入ってきても裏が開けっ放しであれば森に散歩に行ったと勘違いしてくれるはずだ。

 正に完璧と自画自賛しつつ裏の入り口に向かおうと足を踏み出した途端、バランスを崩してドタンと派手な音を立ててコケてしまった。


「しまっ……」


「セルカ様? 今大きな音がしましたが」


「くぅ…尻尾がないとこうもバランスを取りづらいのかえ…」


 素早く立ち上がりグッグッとその場で足踏みをしてバランスを取り直し、心配した侍中が入って来る前にタタタと裏へとつながる襖へ駆け寄ると、スパンと小気味よい音と共に勢いよく襖を開ける。


「セルカ様、お休み中失礼いたします。念のため先ほどの音…誰だ貴様!!! 曲者! 曲者ーー!!」


「まっっず!」


 ダンッと勢いよく外に飛び出ると、ジャンプして軒先を掴み鉄棒の大車輪の要領で体をヒョイと屋根の上へと持っていく。


「曲者は屋根に登ったぞーー!」


「ぐぬぅ、優秀というのも考えモノじゃな…だがしかし、一度視界から消えたらワシの勝ちよ!」


 境内をぐるりと囲む塀の外、人通りのない場所を確認すると縮地で一気にそこまで飛んで行く。

 素早く辺りを見回し、目撃者や追手が居ないのを確認すると路地を縫物の様に右へ左へと曲がりながら先へ進み、ある程度離れたところで何食わぬ顔で大通りへと進み出る。


「おぉ…これは何とも活気があるのぉ……」


 道端で歓談に花を咲かせる人々、今朝獲れたモノなのか中々に大きな猪を店に売り込む人、巡回の防人だろうか着物の上から胸や足の甲など部分に覆うだけの甲冑を着こみ刺又(さすまた)のような槍を持った三人組。

 そんな沢山の人が行き交う、ざわざわと往来特有の音に乗せ何かが焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「うむうむ、頑張ってあやつを倒した甲斐があるというものじゃ」


「そこのお姉さん、どうしたんだいぼうっとしちゃってさ、小腹がすいてんならうちの団子でも食べて行かないかい?」


「お? おぉ、いや、何…ちと通りを見ていてのぉ、皆逃げておったと聞いたからのぉ……」


「そうそう、あんたの言う通りついこの間までは地震やらのせいで、みーんな逃げちまって寂しかったんだけどね、神子様が鎮めて下さったんでこうやってまた安心して暮らせてるんだよ」


「ほうかえ、ほうかえ」


 うんうんと頷いていると後ろから声を掛けられたので振り返れば、少し恰幅のいいおばちゃんといった感じの犬の獣人が気さくな笑顔を振りまいていた。

 その笑顔には何の憂いも無く、やはり人伝に聞くよりも直接見た方が良いとワシも思わず顔を綻ばせる。


「それでどうだい? 食べていくのかい?」


「そうじゃな、そうしようかの」


「あいよ、じゃあそこにかけて待っててくんな」


「うむ」


 峠の団子屋といった風情の店先に置かれた、赤い布がかけられた長方形に足を付けた長椅子へと腰かける。


「はいよ、お待たせ今代の神子様にも奉納したお団子だよ!」


「おぉ、これはうまそうじゃのぉ」


 あの襲撃もあり、毒を警戒して食べ物類はすべて廃棄されてしまった。

 なのでおいしそうと思いつつも手が出せなかった団子がそこに、といっても食べ物関係だけでもかなりの数だったので、これがどれだったかはわからないのだが…。

 とはいえおいしそうなのは確か、お盆に乗せられた醤油だんごだろうか、きつね色に焼き目の付いた串に五個の団子が刺さった三本ある内の一本を取り上げて口へと運ぶ。

 もちもちとした団子の食感と醤油のようなしょっぱさが口に広がり、何もせずとも目じりが下がる美味しさだ。


「ふふふ、気に入ってくれたようだね。あんた耳がないってことはヒューマンだろ? どうだい? 王国にはこんなおいしい食い物はあるかい?」


「もちろん王国にも美味いものはあるのじゃよ、といってもどちらの方が優れているなどではなくどちらも比べるべくもなく美味いのじゃ、しかしワシが良く王国から来たと分かったのぉ」


「ここらにヒューマンは住んでないからね、港や皇都には住んでるらしいけどね。ここに居るヒューマンは大抵が商売やらで来た人さ、の割にはあんた商売で来たって風じゃないね」


「まぁ、ちとの…今はお忍びというやつじゃ」


「はははは、そうかいそうかい。堅苦しいってのは疲れるからねぇ、私も神子様の御前に行ったときはガッチガチでさ、その後二、三日は岩のようだったね!」


「襲撃された…と聞いたのじゃがおぬしは怪我などないかの?」


「神子様のお蔭で無事さね。ピッと飛んできた矢をバシッと神子様が取ってさ、パッと消えたと思ったら犯人を神子様が自ら捕まえたっていうじゃないか。あれほどお強いとは本当に素晴らしいお方よ」


「はははは……」


 口の中の塩気を程よく洗い流してくれるお茶と共にお団子を楽しみ、おばちゃんと他愛もない話をしていると俄かに通りが騒がしくなってきた。


「はて…何かあったのかねぇ」


「な、なんじゃろうのぉ……」


 少し心当たりがある身としては声が思わず震えてしまう。


「いたぞーーー!!あいつだ!」


「お、おばちゃん、お団子いくらじゃ!」


「銅四枚だよ」


 侍中があげた大声に思わずビクンと背筋が伸び、さっさと逃げようとグッと少しぬるくなったお茶を一気に呷り、お代を支払おうとして左の袖に突っ込んだ手が止まる。

 皇国では王国のお金も使えるのだが、ここで使えば足が付く可能性がある、それはだめだと少し逡巡し足が絶対に付かないであろうカカルニアの金貨を、迷惑料も含めてパチンとお盆に乗せて侍中とは反対方向へと駆け出していく。


「おばちゃんお団子うまかったのじゃー。あ、お釣りはいらぬからのー」


「あ、ちょっと…ちょっと! お姉さん!!」


「な…なんて逃げ脚のはやい……」


「防人さん、あの人は一体何なんで?」


「いや…それは…あぁ、そうだすまないがアレの特徴などあれば教えてくれないか?」


「はぁ…一言で表すなら美人…かね、それもとっておきの…」


「それ以外には、少しでもいい何か良い手掛かりになりそうなモノは…」


「そういえばこれ…どこのお金なんだろうねぇ、できれば返したいんだけど…流石に金貨は怖い」


「確かに…これは私も見たことがない…」


「あっ、そういえば…」


「なんだ?」


「なーんとなくだけどさ、神子様に雰囲気っていうか? なんていえばいいのかねぇ顔の形も含めて似てるっていうか…あと……なんであのお姉さん、ヒューマンなのに私ら用の着物着てたんだろう」


 凄まじい速度で遠ざかる女性、ヒューマンであるならば絶対に必要ないであろう尻尾を通す穴があったのが、見知らぬ金貨より印象に残っていたと団子屋の主人はそう語るのであった…。

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