350手間
社へ帰る道中、子狐を歩かせるのはまだ心許ないので、また胸の間に入れて手に入れた赤い晶石を両手で抱えて観察する。
形状は細長い両錐水晶、長さと太さはワシの体躯より一回りほど大きい、下の方を持たないと今にも地面に擦りつけてしまいそうになるほどだ。
「うーむ、色と含まれておるマナ以外は晶石じゃのぉ…」
薄緑でないこと以外は別段変わったところはない、いやここまでの大きさと形状は自然にできたのであれば実に珍しいが…。
晶石の発生条件こそファンタジーであるものの、その出来方や形としての在り方は水晶と大差はない。
ワシもセルカ坑道で大変珍しい両錐水晶型の晶石が出たからと貰ったことがあるが、それはせいぜい手のひらサイズだった。
通常の水晶の様な形であればこれより大きいモノも全く珍しくはないのだが、両錐でこれほど巨大となると一度も目にしたことはない、
「ふーむ、実に珍しい…マグマに地脈でもぶつかったのかのぉ…」
キラキラと日に透けて丹色に輝く晶石は、形やマナに歪みなど一片もなく人の手が入っていないことを詳しく調べるまでもなく雄弁に語っている。
これほど因子が偏っていて見事な両錐水晶とくれば、魔具職人であれば喉から手が百本でも出てきそうなものだが、この地で真価を推し量れるものは居ないだろう。
「これほど見事な赤水晶じゃ、宝石としてだけの価値でも国は買えそうじゃがのぉ…」
つい回収してしまったが放置しておいた方が良かったかもしれない…。
「いや、万が一魔物や動物が取り込んでしもうたら…うむ、やはり回収しておいて正解じゃな」
これほどのマナの塊だ、何が起こるか分からない上に、最悪またあの巨人に匹敵するモノの核となりかねない。
掲げて陽に透かしていると自分も触りたいのか、子狐がきゅいきゅいと鳴きながらペチペチと前足で胸を叩いてくる。
「だーめじゃ、安定してマナを放出しておらぬとはいえ、触れば危ないからのぉ」
「きゅう」
「うむうむ、おぬしは賢いのぉ」
ダメだと言われたのが分かったのだろう、それ以上騒ぐこと無くぺしょんと耳を垂らしてしょんぼりしている。
危険なモノに興味を示すのは子狐ゆえ致し方ないが、聞き分けの良さは賢いと言ってもおかしくはないだろう。
何せこれは純粋ではないが純粋なマナの塊、固体化するまで圧縮された酸素と表現してもいい。
物として安定はしているが、ある程度マナ耐性に優れている者以外が不用意に触るのも良くない。
「腕輪の中で死蔵させるのが最も安全じゃろうが、アレを倒したという証があったほうが安心するじゃろうしのぉ…そうなると……」
これを持って社まで帰らないといけない、出来るだけ腕輪のことは秘密にしておきたいので、帰ってきた時に手ぶらではソレはどこから出した? ということになる。
巨大な水晶に見合う重さ、とはいえワシにとっては軽石程度にもならないが、ワシより一周りほど大きいというのは端的に言って邪魔だ。
透けているので視界はそれほど塞がないが、掲げ続ける姿は何とも間抜けだし、頭に乗せるのも耳が潰れて不快、背負うにもちょっと大きすぎる。
さてどうしたものかと考えていると、パカラパカラと遠くから馬の蹄の音と二頭の馬が駆けてくる姿が赤晶石ごしに見えた。
「おぉ、スズシロでは無いか。良くここまで来られたのぉ」
「セルカ様に許可は頂いておりますので、いえそんなことよりもセルカ様よくぞ…よくぞご無事で…」
「何あの程度、ワシにとっては狩りの相手としても物足りぬくらいよ」
やって来たのは空の馬を従えたスズシロだった、彼女はワシの下へとたどり着くと馬から降りて、まさに感極まるといった声でワシの言葉に答える。
あの戦い確かには苦戦したものの、それは子狐というハンデがあったからこそ。いや、苦戦したというのもおかしいか、ちょっと攻めあぐねただけだ。
「あの…それでその…ソレは何でしょうか?」
「ん? おぉこれじゃな? というかおぬしよくコレを最初無視出来たのぉ」
駆けてきたスズシロから見たらワシの姿なぞ、尻尾以外は透けているとはいえパッと見たらわからないはず。
下手をすれば新種の魔物にでも見えたはずなのだが、出会い頭にワシと分かったどころかあまつさえ全く言及すらしなかった。
「セルカ様の立派な尻尾が見えておりましたので、えぇえぇこのスズシロ見間違うはずもございません」
「そ…そうかえ…まぁよい、これは…と出てきたなんぞ巨人は見えたかの?」
「えぇ何か巨大なモノが暴れているのは見えましたが…もしや」
「うむ、これはそやつの核じゃ!」
「核? 魔石とは違うのですか?」
「うむ、色からして違うであろう?」
「そういえば…その様な赤い魔石は見たことありませぬ」
同じなのはマナの塊という点だけで後は色々と違うが、その手の話はスズシロは苦手だろうし詳しく話す必要もないだろう。
「それでじゃ、見ての通りの大きさであるからの。持つのはさして問題でも無いのじゃが運ぶのに難儀しておってのぉ、ワシの馬に載せるから手伝ってくれんかの」
「それでしたら私の馬にお載せください、ですのでセルカ様はどうぞご自身の馬にお乗りを」
「む? それではおぬしの乗る馬が無くなるではないか」
「それは私の言葉でございます、セルカ様を歩かせてしまっては他の者に示しがつきませぬ」
「ふぅむ、まあそういうのであれば甘えさせてもらうかのぉ」
「えぇえぇ、セルカ様は私どもにもっとお甘えください」
その後スズシロの乗ってきた馬に赤晶石を載せてから紐で括り付け、ワシ用の馬と赤晶石を背負った馬を引くスズシロに導かれ漸くワシは社へと帰り着くのであった…。




