36手間
翌朝。今日は、一日かけて山越えをする。とは言っても、道は整備されているし、馬車に乗ったままなので苦労などないが。
そこまで標高が高い山ではないが、それなりに険しい山なので、馬車が登れるように、麓から見てかなり左右に曲がりくねった道を登ることになる。
お陰で馬車のまま山を越えれるが、丸一日かかる距離になっているわけだ。
「コッ、キュゥ~」
ガタガタと激しく揺れる馬車だったが、小さいからか一層激しく感じるのか膝に乗って丸まっていたスズリが、一声上げようとして舌でも噛んだらしく、悲しげな鳴き声を残して尻尾に隠れてしまった。
確かにワシの尻尾の中なら振動も少なくて済みそうだ。大丈夫かと声をかけたいが、そうすると今度は自分が舌を噛みそうだし、なによりあの神官がまた喋るなモードになってしまっている。
馬車の揺れと沈黙に耐えてしばらく、太陽が中天に差し掛かろうという頃に峠に差し掛かる。その手前で一度休憩を挟んでから、今度は山を下るそうだ。
ちゃっちゃと昼を済ませ、ちょっとこの先に行けば世界樹がよく見えるという事なので、休憩の時間のうちに見に行くことにする。
この峠は山を斜めに通っており、ちょうど左手側は山肌で世界樹が見えなくなっている。その山肌が途切れ、世界樹が目に入った途端、その絶景に思わず見とれてしまう。
山の麓には、この世界には珍しい周囲に壁がない街が見え、その先にはいままで通ってきた凹凸のある草原とは違い、どこまでも真っ平らに広がる大草原。
その草原には山の中腹あたりから流れ出ている川や湖が所々に存在し、その川は草原を流れ流れて世界樹のもとへと流れ込んでいる。
そして世界樹のすぐ近くはその周辺だけえぐり取られたかのように大地が削り取られている。抉り取られた大地はどこへ行ったかというと、なんと世界樹の周りをまるで雲のように浮遊していた。
大小様々な大きさの空飛ぶ島が浮遊しており、よく見ればそれはゆっくりと世界樹の周りを衛星のように移動しているようだった。
「なんともまぁ…すさまじい光景じゃ。地を巻き上げ、とは火山の事かと思っとったが…まさかの言葉通りとはの…」
異世界ファンタジーここに極まれりという言葉は、隣にいつの間にか立っていた人物のおかげで口からは出てこなかった。
「やはりここからの光景は何度見ても心が洗われる。私もいつか彼の地に住みたいものだ」
「おぉ、なんじゃおぬし、毎度毎度、突然話しかけてきおって。それだけ聞けば説教ではなさそうじゃがよいのか」
昨日のような疑問に答える事でも無く、明らかに自分の心情と欲求を話している。それに黙ってなくてもよいのかと言外に問えば、
「ここまで来れば、過去を振り返り己を反省する時間は終わりだ。あとは前を向き歩みを進める時間。それには人と話し、自分の視野を広めるのもよいのだ」
「この峠がその境ということかの。それにしても空飛ぶ島があるとは…何よりそれをこの目で見ることになるとはのぉ」
「あの浮遊島群はこの山脈ができた際に空へと巻き上げられた時から、世界樹が空へと巡らせる膨大なマナの流れの一部を受け今でも空を飛んでいるそうだ」
「なるほどのぉ、そういう理屈で浮いとるのか。にしても摩訶不思議な光景じゃのぉ」
「貴様が真に優秀な者であればあの島に住まうことができるぞ?」
その言葉に顔を神官の方に向ければ、その神経質そうな顔にすこし笑みを浮かべてこちらを見つめ返してくる。
「あの島周辺は膨大なマナが流れている。ハイエルフは住んでいるそうだが、我々普通の人間では足を踏み入れる事すら叶わない。極稀にマナの祝福を持って生まれてきたものは、膨大なマナの中でも生きていく事ができる。その者がハイエルフから許可をもらえれば、あの島に住むことができるのだ」
「なるほど、桁外れのマナ耐性を持った者だけが住めるというわけかのぉ」
「そう、その通り。それこそが祝福。女神のお導きよ」
そう言って神官は馬車のほうへと去っていく。その後を、ワシも戻るかと馬車へと歩いていった。
その後、出発した馬車は結局日が沈む直前になって、やっと世界樹の街へとたどり着いたのだった。
その日はすぐに宿をとり、ギルド本部のギルド長とは一体いかなる人物なのかワクワクしながら眠りにつくのだった。
まだ章タイトル詐欺回




