349手間
光の奔流に呑み込まれてどれほど経ったのか、もしかしたら一瞬だけだったかもしれない。
痛みも熱も感じない、かといって何時かの真っ白な空間の様に何も感じないというわけではない。
少なくとも自分の身に何か起こっているという訳では無さそうで、恐る恐る片目ずつ目をあける。
「どうやら死んではおらんようじゃな…」
自分自身もそうではあるが、何よりも胸に抱いた子狐がぐったりとはしているものの、薄く胸を上下させているのが分かりホッと胸を撫で下ろす。
「スズリ…も、うむ無事のようじゃな」
こちらは子狐の違い特に変わること無く、ワシの肩に乗って無事をアピールしていた。
最後にワシの全身を確認するが、多少服が焼け焦げた程度で体の方は焦げ跡どころか火傷一つない全くの無傷であった。
「ハッそうじゃ! 悠長に確認してる場合ではないのじゃ」
ワシらが何故こんな状態になったのかを思い出し、慌てて周りを確認するが迫りくる溶岩の腕も無くその代わりに蒼い炎の竜巻にぐるりと周りを取り囲まれていた。
「むむ…これはワシの狐火かの…うむ、さすがワシ! 咄嗟に使って身を守ったということじゃな! しかし……」
前々からワシの狐火は蒼い炎ではあったが、あれは熱量を示す蒼であった…。
しかし目の前で渦巻く炎は一切の熱を感じさせず、氷か空を炎の形にしたかのような寧ろ寒気を感じさせる炎だ。
熱はなく輝いているのに水晶の様に透き通っている、そんな炎に今の状況も忘れ見惚れているれば、ふとその炎の外側から必死にワシらをつかもうと腕を伸ばしている巨人が目に入る。
「いやいや、これは何ともはや…」
狐火に触れた巨人の腕は、まるで初めからそこに無かったかのように掻き消えて、レーザーも蒼い炎の前に霧散する。
絵本の中の登場人物がこちらに手を伸ばしているかのよう、絶対にこちらに届くことはないと確信して無防備にもクルリと巨人から背を向けてぐったりとしている子狐を地面へと下ろしてやる。
「うむ…これは熱でやられた訳ではなく、マナ中毒のようじゃな…スズリや、ちとこの子を見てやっててくれるかの?」
肩からスルスルと降りたスズリが、ぐったりとしている子狐をペロペロと舐める姿はなんとも微笑ましい。
幸いこの炎の中はあの巨人が垂れ流しているマナも遮断しているのか、非常に居心地がいいので、これ以上子狐の体調が悪化することはないだろう。
「うむ、この中であれば安全であろうの」
立ち上がり力強く地面を踏みつけながら振り返りながら睥睨し、相対すれば見上げるほどの巨人を鋭く睨む。
睨まれた巨人は、ワシの視線を意に介することもなく、いや…気づきもしていないのだろう癇癪を起こした子供のように蒼い蒼い炎渦巻く壁を殴りつけ、時に岩を投げつける。
腕は抵抗することも無くゾブンと塗りつぶされる絵の様に掻き消えて、冷えた溶岩らしき黒い岩は炎にぶつかれば竜巻の如き炎の流れに沿い、風に舞う塵の様に空へ巻き上げられながら燃え尽きる。
「行き逢いの炎の味はどうじゃ? ふふふん、聞こえておるかどうかすら定かではないのじゃが…こうも必死になる姿を見るのは実に愉快痛快!」
先程まで当たらぬようにと避けていた悉くを封殺する、何とも何とも胸のすく光景であろうか。
「何をしようとも無為無駄と言うものじゃ! ぱわーあっぷを遂げた後というのは無敵と相場が決まっておろう?」
フフンと胸を張り、戸惑うこと無く炎の壁へと歩みを進める。
熱なき炎はワシを拐うことも灼くこともなく、凪の草原を歩むが如くワシの歩みに些かの抵抗も及ばさない。
外へ一歩進み出せば途端に感じるヒリヒリとした、凄まじいまでのマナの圧力。
ワシの半身が壁から抜け出すより速く、巨人の両腕が迫るがワシの目前で両手が蒼い炎に灼かれ、そこから火が付いた導火線の様に一気に肩辺りまでを灼き尽くす。
肩まで灼いた炎はそこに留まり続け、再生しようとする腕をひたすら燃やし尽くす。
「今のワシはアレじゃ…昔カイルが好きじゃと言ってた……なんじゃったかの? すーぱーだか、はいぱーだったかのアレじゃ!」
胸を張り左手は腰に、魔手でビシリと巨人を指差して宣言する。
その間にも巨人は最後の抵抗とワシに向かってレーザーを乱射してくるが、全て万の軍勢を押し留めた円盾の如く、ワシの前でグルグルと風車みたいに回る蒼い炎に阻まれる。
「前も言ったがワシに遭うたが運の尽き、ここで一切合切灰燼と化すがよい!!」
天へ向けて高々と掲げた蒼い炎纏う魔手を振り下ろし、噴火口もろとも消し飛ばす勢いで蒼い爪の一撃を解き放つ。
箒星のように蒼い尾を曳く一撃は巨人を断末魔ごと消し飛ばし、ついでに山の斜面もえぐり地形を変え、徐々に細くなりながら消えてゆく。
「……お山までやってしもうたのじゃ…いや、うむ意外と威力が上がりすぎて、うむ仕方ないの…仕方ないことじゃ」
ちょっと興が乗ってやり過ぎたとは思うのだが、巨人を倒すため致し方がないことだったと自分を納得させる。
噴火口も綺麗サッパリなくなって僅かに溶岩の沼が残っているが、森へと流れ出ることもなくすぐに冷え固まるだろう。
「む? なんじゃあれは?」
ポツポツと雨上がりの水たまりの様に点在する溶岩沼の只中に、赤く光る何かを見つけて目を凝らす。
「ふーむ? 魔石…いや、晶石のようじゃが…」
子狐の様子も気になるし、手早く済ませようと溶岩に水をかけて晶石までの道を作り、特に確認することもなく赤い晶石を腕輪に仕舞って踵を返し子狐の下へと向かう。
もう巨人も居ないので未だ天を灼き続ける蒼い炎を消し去ると、まだまだ弱々しいものの気がついたのか、ちょこんと子狐が座り込んでスズリと共に待っていた。
「おぉおぉ、気がついたのじゃな? うむうむ、良かったのじゃ」
魔手を戻し両手で抱えるように子狐を持ち上げると、きゅうと嬉しそうに鳴くものだから思わず相貌が崩れてしまう。
「さて…と、それでは社に戻るかのぉ…おぬしの親も心配しておるじゃろうし、帰ったらうんと叱ってもらうのじゃぞ?」
ワシの言ったことが分かったのであろう、ペタンと耳をへたり込ませる姿はもう何といえばいいだろう反則だ。
そんな子狐を思う存分撫でながら、負担にならないようゆっくりとした歩みで帰路につくのであった…。




