347手間
溶岩の首なし巨人に動きはないが、だからといって悠長にしている暇もない。
トルソーに上腕が付いたパルテノンの柱をくっつけたような異様な風体の巨人、かなりの速度で距離を詰めているのにその大きさに変化が無いように見える。
それほどの巨体だ、動き始めたらどれほどの影響が出るか…街にたどり着いてしまったらどれほどの被害が出るのか。
「うむ、速度を上げてゆくのじゃ!」
そう口に出しグッと足に力を入れた瞬間背中から尻尾にぶち当たりながら、何かが落ちたような感覚をおぼえ急停止して振り返る。
「何ぞ服から剥がれ落ちたのかの?」
落ちたときの勢いが消えていないのか、コロコロと転がっていく狐色の物体を追いかけるがそんなモノが服に付いていた覚えはない。
すぐにソレに追いつくとヒョイと人差し指と親指でつまみ上げ、顔の前まで持ってきては「はぁ」と一つため息をつく。
「なーんでくっついて来たのかのぉ…」
ワシが苦言を呈すると、こやーんと可愛らしく口を開ける子狐、たしかこの子はあの子狐たちの中で一番やんちゃだったがまさかワシに着いてくるとは思わなかった。
今は首根っこを捕まえられ大人しくしてるので、まるでもふもふのぬいぐるみの様でとてもカワイイがそれどころではない。
今更帰るわけにもいかず、先に帰ってもらうにも社まではかなりの距離があるので、子狐一匹で帰るのは酷だろう。
かと言って一緒に行くにも向かうは溶岩の化身の下である、どう見ても近づいたらものすごく熱そうだ、ワシならばともかく子狐に耐えれるかどうか。
だからといってここに置いていくわけにもいかない、アレが何をしてくるか分からない以上、まだ距離はあるがここも安全とは限らない。
「うぅーむ、どうしたものかの……」
子狐をつまみ上げたまま、うんうんと首をひねっているとスズリがモゾモゾと尻尾から這い出してきて、ワシの体をよじ登ると首を前足で叩きながらコンコンと鳴き始めた。
「おぉぉ? なんじゃ? どうしたのじゃ?」
「コン!」
遂にスズリがガブリとワシの首に噛み付いてきたので、痛くはないが思わず空いている手で首を押さえてしまった。
「ん? おぉ…そうじゃそうじゃ…すっかり忘れておったのぉ…」
傷跡を撫でるかのように首をさすり、そこにある感触にソレの機能を思い出す。
幾百もの巡りの間、使うことも外すこともなくすっかり忘れていたソレ。
「このチョーカーを使えば大丈夫じゃな! さすがスズリじゃよく気付いたの」
チョーカーに指を這わせマナを注げば現れる、黒地に赤いチェック柄のポンチョ。
「うむ…動かなかったらどうしようかと思ったのじゃが…流石女神さま製じゃな」
体を左右にひねってポンチョを隅々まで見るが、どこにもほつれや虫食いもなく無事の様子。
機能自体も先程まで感じていた、乾きかけの汗のようにベットリとした不快感が消えているので問題ないだろう。
「後はお主の場所じゃが…うむ、ちと窮屈じゃろうがそこで大人しくしておるのじゃぞ?」
何処かに引っ付いて貰うにも先程の様子からして、少し速く動いたら振り落とされるのは目に見えている。
なので目につきやすく手が伸ばしやすい、ワシが保持する必要が無いところ。
胸の谷間に前足から上だけを覗かせるくらいまで突っ込んで、暫く大人しくしてもらうことにした。
こやんと子狐が返事をしたのを確認すると頭を撫でて、溶岩の巨人の下へと再度走り出す。
「これは近くで見れば大きさがよく分かるものじゃな…」
森を抜け霊峰フガクの四合目辺りだろうか、巨人までもう間もなくといったところの坂下ということもあるが、見上げるほどのその大きさに思わずポツリと口から漏れる。
そこで漸くワシに気付いたのか巨人がワシを見た……いや、見たといっても頭が無いのでその表現で合っているかは分からない。
しかし、ワシの方向へ体を向けているのでワシの存在に気付いているのは間違いないだろう。
「んむ、では早速消えてもらおうかの…うん? なんじゃ?」
右手を魔手にして『ドラゴンファング』を叩き込んでやろうかと振り上げた瞬間、巨人の人であれば鎖骨と鎖骨の間の凹んでいる辺りが白く円状に輝き出した。
何をするのかと目を凝らしていると、その円の中心からワシへと向けて、喉元の輝きと同じ白く輝く何かが凄まじい速度で飛んでくる。
「お! おぉおおお!」
慌てて横っ飛びで躱すと、何が飛んできたかを確認する間もなく二度、三度と白く輝くなにかが飛んでくる。
単発ではあるが数拍おきに飛んでくるなにかを躱しながらぐるりと巨人の周りをまわるように、巨人からみて右側面へと回り込む。
「ぐぬぅ、レーザーとかなんじゃ! お次はなんじゃ? 目ン玉の付いた炎でも飛ばしてくるのかえ!!」
レーザー…かどうかは確かではないが、着弾したところから聞こえる何かが蒸発するような音、それだけで当たったときの威力は窺い知れるというもの。
柱の様な腕を一手動かすたびに大地が揺れるほどの巨体に見合う鈍重さだ、しかし同じく巨体ゆえに少し動くだけでこちらを捕らえてくるので暫く鬼ごっこの様相を呈していたがなんとか振り切り右側面へと回り込めた。
「この手の輩は、まず腕を攻撃するのが相場と決まっておるのじゃ!」
ゴリラのナックルウォーキングの様な姿勢の為に右側面へと回り込めば、柱と胴体の間…上腕部がよく見える。
そこへ向けて『ドラゴンファング』を使い遠距離から見えない爪の斬撃を叩き込む、すると上腕は抵抗もなくスッパリと切り落とされ右腕の柱は前方へ転がるように倒れ込む。
溶岩の柱は巨人から切り離されるとすぐに、その形を保てなくなりバシャリとただの溶岩へと姿を変え崩れ行く。
「うーむ、こう体勢を崩して隙きを晒してくれると思ったのじゃがのぉ」
竜ですら足を落とされたら無様なものだった、しかし巨人は腕を切り落とされたことを意に介することもなくゴゴゴゴと擬音が付きそうな動きで、ワシを正面に捉えようとその巨体を動かしている。
「ではもう一方を切り落せばどうかの!」
先程の一撃では角度が悪かったのか左腕の方は無事、ならばと今度は巨人の正面を横切るように左側面へと駆け出した。
必然的に巨人の射角に入ることになるが、移動先を撃つという頭は文字通り無いのか真っ直ぐ走るだけでレーザーのことごとくを躱していける。
右腕だった溶岩の池を飛び越えて左側面へと入り込むと、間髪入れずに右腕と同じくその上腕を切り飛ばす。
「ぐぬぅ、これでもダメかえ。やはりそうそう上手くはいかぬの」
左腕も右腕と運命を共にするが、文字通りのトルソーとなった巨人は噴火口から直立したまま倒れる様子もない。
すると巨人がグォオオオンと鐘の音のような、笛の音のような泣き声ともつかぬ唸り声をあげると、両肩がゴポゴポと盛り上がり滝のようにそこから溶岩が溢れこぼれ落ちる。
溢れ出た溶岩の滝は地面へとたどり着くと、そこでピタリと止まり滝の流れをそのまま腕にしたかのような、薄く平べったい両腕が現れた。
「なるほど、そういう趣向かえ…」
今度の両腕は手もしっかりあるようで、ワシを捕まえようと左右交互に横から上から巨大な手のひらを向けてくる。
だがその動きは緩慢でありワシを捕らえるにはおそすぎる、同時に先程のレーザーも使われたら流石にこまるが、両手でワシを捕まえるのに夢中なのか使ってくる様子はない。
「その腕を切り落としたら、今度は何になるかの?」
両手で拍手するかのように左右から挟み込む手を後ろへ飛ぶように回避すると魔手を引き、親指だけを握り込んで他の指を伸ばす貫手の構えを取る。
「じゃが、お遊びはここまでじゃ!!」
気焔を揚げると同時貫手を叩き込むように突き出すと、巨人の胸から腹にかけて大穴が穿たれるのであった…。




