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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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345手間

 カラカラに乾いた土を踏みしめる、崖下へと滴り落ちる溶岩。


「ふむ。流出量は今のところ、そこまで多くないようじゃな」


 灼熱の雫が滴り落ちる先を見れば、崖下に溜まっている溶岩の量はせいぜい人のくるぶしまで位か。

 崖…ワシが地面を抉って作ったソレは人の背丈の二倍ほどあるので、一日でこれだけしか溜まらないのなら心配する必要は無いだろう。


「セルカ様ー危ないですので、早くお戻りをー」


「おぉー今戻るのじゃー」


 スズシロが森側から叫ぶが、山の中腹から麓まで流れる間に冷え固まりかけている溶岩を見たところで大した危険はない。

 固まりかけといってもそれは表面だけの話なので内部はまだまだ熱を湛え、今でも焼くものが無いか虎視眈々と狙っている。

 流石に離れたモノを焼くほどの熱量は無いものの、側にいるだけで人の命を削るには十分過ぎる輻射熱を放つ溶岩は、まぁ…危ないだろう。

 トントンと八艘飛びもかくやの足取りでスズシロの下に戻り、スッと差し出してくる竹の様な木材で出来た水筒をスズシロへと押し返す。


「ワシは良いから、おぬしが飲んでおくのじゃ」


「しかし、私などよりセルカ様の方が炎の河のお近くに」


「あの程度、ワシからすれば明け方の暖炉でしかないからの。じゃがその点おぬしは万全にしておかねば危ないのじゃよ? 本当であれば備えなしにこれほど近くに寄らせるのすら良く無いところを連れてきておるのじゃから、ワシの言うことはキチンと聞くのじゃ、でなければ明日からはワシ一人でくるからの?」


 溶岩流まで大通り一つ二つ幅ほどの距離はあるが、どの辺りまで人体に影響のある熱になるのか分からない。

 現にスズシロはこれほどの距離にあっても玉のような汗をかき、着物がぺったりと肌に張り付くほどである。


「その水には言いつけどおり塩は入れておるかの?」


「はい、しかし塩水などどうして?」


「汗を多量に出したときなどはの、ただの水だけより塩を混ぜたほうが体に良いのじゃ。もちろん入れ過ぎはいかんがの」


「なるほど…」


 できれば砂糖も入れたいが、砂糖はそこそこ高価な部類に入るので一先ず塩水だけということにしておいた。


「今のところ問題ないようじゃし、今日は帰るかの」


「はい」


 空を見上げれば雲一つない快晴、まだ若干噴煙は立ち昇っているものの上空の風の影響か街とは別方向に流れていっており、大規模な降灰の心配は無さそうで一安心である。


「して、街の様子はどうなっておるのかの?」


「はい、今のところ問題はないようで皆落ち着いております」


「近くで噴火したというに意外じゃのぉ」


 災害、しかも最悪の部類に入るものが目と鼻の先で起こったというのに、肝が据わっているのか呑気なのか…。


「セルカ様がいらっしゃいますから」


「流石にワシでも、噴火をどうこうはできんのじゃが?」


 せいぜい今回のように溶岩流の流れを遅くする程度で、本格的に噴火されたらどうすることも出来ない。


「現に炎の河を止めていらっしゃるではないですか」


「ううーむ…」


 どうしてもその辺りの認識というのはズレが大きいのだろう。キラキラと目を輝かせるスズシロに、腕を組み首を傾げてる内に森を抜け、霊峰フガクと社をつなぐ道へと出る。

 頼られすぎは癪に触るが、頼られるというのは悪い気はしないので、街の人の呑気さはワシを頼りにしてる証拠と気持ちを切り替えヒョイと馬の背に飛び乗る。

 一人なら走ってここまで来ることも出来るがスズシロが一緒ではそうもいかない。なのでわざわざ街の外を大回りして馬を社の裏手まで運び入れてもらった。


「セルカ様、話は変わるのですが一つお願いしたいことが御座いまして」


「なんじゃ突然改まって」


「私に…いえ、私ども侍中に稽古をつけていただけないでしょうか?」


「ふむ? ワシは剣術も何も、大して嗜んではおらぬ。おぬしらの様に兵として鍛えられておる者には、ワシと稽古したところで意味がなかろう?」


「決してそのようなことは、それに私どもが学びたいのは身のこなしでございます」


「それは前にも言った…いや、あれはカルンにじゃったかな…? まぁよい、身のこなしと言われてものぉ、何ぞの術に通じておるわけではない純粋な身体能力じゃからの」


「敵わぬ者に挑んでこその我ら、得られるものもございます故になにとぞ」


「ふむ…」


 確かに格上の者と戦うのはそれだけで良い訓練になる。もちろん基礎あってこそではあるが、そこはエリート中のエリートの侍中だから問題ないだろう。

 それにワシとしても思いっきりは動けずとも、十分に体を動かすことができる口実になるし損はない。


「そこまで言うのであればワシは構わぬが、境内でやるわけにもいくまい?」


「私のお願いを聞いていただき、ありがとうございます。稽古の場所につきましてはご心配には及びません、社の裏手の広場を使って良いと許可を頂きましたので」


「ふむ、一人ひとりという訳かの?」


「いえ、社の裏手の広場まででしたら、セルカ様の許可さえあれば」


「そうじゃったか」


 スズシロが言うには人数制限が付くのは、その先の森の入り口からとのことらしい。

 そう言われれば馬を運び込んだ時に、何か聞いてきたから適当に許可を出した覚えがある。


「よし、では帰ったら早速やるとしようかの」


「よろしいので? 一度お休みして明日からでも私どもは大丈夫なのですが」


「うむ、この程度運動のうちにも入らぬからの」


「早速お戻りになられましたらよろしくお願いいたします。きっと皆も喜びましょう」


「うむうむ、あーところでじゃ、稽古であれば打ち合うであろう? 何ぞよい物は無いかの?」


「それでしたら木刀がございますので」


「そうかそうか、うむ楽しみじゃのぉ」


 未だ溶岩湧き出る山を背に、心なしか馬の足取り軽く高らかな蹄の音を何も居ない森に響かせながら、その日は社へと戻るのだった…。

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