344手間
風よりも速く、矢よりも真っ直ぐに駆け抜ける。
一歩と一歩の距離はすでに歩幅と呼べるようなモノでなく、地面をダンと蹴るたびに景色が後ろへと加速する。
すでにまともな生き物が出せる速度ではない。これ以上音よりも速くも出来るだろうが、流石にそれはワシは大丈夫でも服が千切れ飛びそうだ。
グングンと威容が近づくにつれ、森が焼ける臭いが鼻につく。
そろそろかと思い、グッと引き絞る弓の様に足に力を蓄え、今まで前方に向けていた力を上方向へと。
前と上、二つのちからが合わさって、斜め上へとワシの体が放り出される。
「意外と燃えておらぬな」
放たれた矢の様にぐんぐんと上昇する中で、溶岩が流れてくる方を確認する。
長雨の影響かたっぷりと水を含んだ木々は溶岩本体は兎も角、それによる延焼を防いでいるようだ。
「なればまずは一つ」
ワシは今飛んでいる訳ではない、上に放たれた矢は必然落ちてくる。
その前にと右腕へとマナを集め、空中を引っ掻くかのように爪を立て、地面へ向けて振り下ろす。
一拍の間を置いて、地面がゾブンと巨大な爪で抉られたかのように消失する。
溶岩の流れの右側から正面へと斜めに深々と、まるで災害の前と後のを比較したかのように、一瞬でそこにあったものが消え失せる。
「はー、これは随分と威力が上がったものじゃ」
巨人の爪痕を確認すると同時、ワシの体が地面へと吸い寄せられる。
ズダンと体を縮こませながら地面へ着地すると、間髪入れずに今度は真上へと跳ね上がる。
「今度はこっち…じゃ!」
今度は溶岩の正面から左側へと下から上へと腕を振り上げて、先程のモノと合わせてVの字になるように地面へと爪痕を遺す。
爪痕は二つとも森を抜け山肌まで深々と残っている、これであればそう易々と広範囲へ燃え広がることは無いはずだ。
溶岩が進んでも深々と残った爪痕に吸い込まれ、まだ燃えていない森まではたどり着かないだろう。
「一応水でもかけてやるか――フギャ!」
うんうんと空中で頷きつつ、落下運動へと入ろうかというところ、まるで狙いすましたかのように火山弾が飛んできて無様にも撃ち落とされる。
クルクルと錐揉み回転をしながら木々の中へと墜落すると、ゴロゴロと地面を転がる途中で跳ねるように体勢を立て直し、軽く跳んだ後今度は二本の足で着地する。
「うぬぅ…何とも運のないことじゃ…」
油の様に跳ねた溶岩が空中で冷え固まり、砲弾と化したそれが空中で回避もできないワシを撃ち落としたが、大して…いや、一切のダメージはワシには入っていない。
常人にとって致死のソレも、ワシからすれば泥水が跳ねた程度のもの。森を焼き払え無くなった溶岩のカワイイ癇癪でしかない。
「カワイイとはいえ癇癪は癇癪じゃ、水でもかけて冷やしてやらねばのぉ」
ワシ以外だれも聞いていないが、うまいこと言ってやったとニヤリと笑って、すでに溶岩が焼き尽くした燻る煙を目印に森の中を走り出す。
バチンバチンと焚き火の中に放り込んだ木の、油が爆ぜる音を何倍にも大きくしたモノが聞こえる頃。
巨人の爪痕をひょいと飛び越えて、溶岩の流れその先端へと躍り出る。
「では消火活動開始じゃ!」
あいや暫くと片手を突き出し、そこから法術で勢い良く水を溶岩へとぶちまける。
煌々と熱を湛えた溶岩は、凄まじいまでの水蒸気をあげ黒く変色しその動きを鈍らせる。
熱風が吹き付けるもそよ風とばかりに意にも介さず水をかけ続け、そこら中が水浸しになることには溶岩の先端部は黒く変容し、その部分の動きはほとんど停止した。
「うーむ、分かってはいた事じゃが文字通りの焼け石に水じゃのぉ」
頬を掻く間にも黒い殻を破っては中の溶岩が漏れ出して、辺りの水を一瞬で蒸気へ熱湯へと変化させている。
とはいえ只々垂れ流すよりは余程マシではあろう、後は大元が止まるのを待てばいいだけ。
ちらりと見上げる噴火口はゴポリゴポリと溶岩を跳ねさせてはいるものの、そこまでの勢いはない。
せいぜい麦酒の泡が、コップの縁からこぼれ落ちる程度の勢いだ。
「半月ほどは様子を見に来るかの」
流石に一月二月と続くようなモノではないだろうが、今日一日で収まるとも思えない。
どうせ日がな一日社でのんびりやってる身だ、それに溶岩の熱気はまともな人には耐えれるモノではない。
しかし、常人にとっては決死の行為もワシにとっては日課の散歩にすぎない。
「うむうむ、ではまた明日くるから大人しくしておるのじゃぞっ…と」
癇癪持ちの子供にいい聞かせるように独りごちれば、それに応えるかのようにヒュンとまたワシに向かって火山弾が飛んでくる。
「体勢が崩れておらねば、そのようなものに当たるものかえ」
先程は空中で、しかも腕を思いっきり跳ね上げた為に体勢が崩れていた。
だが今度はしっかりと地に足を付けている、ならば当たるものかとヒョイと軸をずらして火山弾を避ける。
まるで意思あるモノのように投げつけられたそれにクスクスと笑みを漏らしながら魔手を引っ込め、ナギらが心配しているだろうとクルリと踵を返し、来た時と同じ速度で社へと駆けるのだった。




