342手間
狐たちがやって来てから数日目の朝、ナギが朝食の膳をワシの前に丁寧に置いてサッと離れる。
この数日で同じ狐の獣人だからか、ナギだけがなんとか子狐たちに近づくことを許されている。
しかし、まだ触ったりなどは出来ず、少しでも近くに留まると未だに親に威嚇されてしまう。
「最近は野菜が多めじゃが…なんぞあったのかえ? これはこれでさっぱりしておって良いのじゃがな?」
別に野菜が嫌いなどと言うわけでも無いのだが、まるで精進料理の様に肉が一切含まれてないモノが出て来る。
それも一食がという訳でもなく、ここ数日毎食全てで…だ。
「お肉はいつも馴染みの猟師から仕入れているのですが、長雨のせいか自分たちが食べる分しか獲れないそうで」
「ふーむ、そうじゃったか」
カフカフと余った野菜の端切れなどを食べる狐を横目に、それならば仕方ないと箸をつける。
野生の狐にエサをあげても良いものかと初めのうちは放置していたのだが。
どうもこの狐たちは元々境内でエサを貰っている狐のようだったので、今ではワシの食事と一緒にエサを食べている。
親は静かに食べているのだが、子どもたちはきゅいきゅいと騒がしい。
転げ回っては静かに食べろとでもいっているのか、親狐にたしなめられてはを繰り返すのを微笑ましく見守りながらも何故彼らが来たのか考える。
「エサが獲れんという訳でも無いじゃろうしのぉ」
子狐から離れられないとはいえ、境内でエサを貰っているらしいのだから、完全な野生の狐よりはマシなはずである。
その証拠に毛並みも野生の狐より良く授乳の為か多少痩せてはいるものの、食べ物に困っているという感じはしない。
「追い立てられた…のも違うかのぉ」
大型の動物や魔物などに、縄張りが荒らされ追い出されたというのも少し考えにくい。
子供も親も目立った怪我などはなく、怯えた様子もない。
親は綺麗に番が残っているし、子供たちも数が少ないわけではない。
襲われる前に逃げてきたのかもしれないが、それなら縄張りを変えるだけでわざわざここに逃げてくる必要もない。
「うーむ、ピリピリしたものを感じるような感じないような…」
ナギや巫女たちはワシと狐たちの食事の邪魔をしないように離れているので完全に独り言だが、狐たちの行動に何ともいえない引っかかりを覚え思わず口から言葉が出てくる。
ワシが首を傾げている内に食べ終わったのか子狐たちはワシの周りを駆けずり回ったり、膝の上で撫でろとでもアピールしてるのかお腹を丸出しにしてゴロゴロしたりしはじめた。
「ま、かわいいから良いかの」
狐たちのエサはワシを初め巫女や侍中たちの食事を作るときに出る言い方は悪いが、クズ野菜などを与えている。
どっさりと出るわけではないが人数が多いのでそれなりの量になる、なので狐がいたところで困るどころか捨てる手間が減ると…。
それにそもそも狐がいるというのは吉事なので、誰も追い出そうとはしないのだ。
「とはいえ、いつまでもといかんしのぉ」
子狐をずっと見ていたい気持ちもあるが、ここに逃げてきたのならその理由を取り除き森に返してやったほうがいい。
「スズシロや」
「はっ、なんで御座いましょうか」
「んむ、明日裏の森を散策でもしようかと思うての」
「裏の森を…ですか」
スズシロが言い淀み、ちらりとナギの方を見る。
「神子様がいらっしゃるのであれば…スズシロだけならば構いません」
「では、明日お供させて頂きます」
どうやら社の裏手に広がる森は入場制限があるようで、スズシロが言い淀んだのはそれが理由のようだった。
スズシロにしては珍しく護衛がほとんど居ない状況を受け入れ、理由も聞かずにすんなりと首肯する。
万が一は起こり得ないと今までの出来事から学んだのか、どちらにせよ反対されずに良かったと子狐のお腹を撫でながら、さてどの様に調べようかと考えを巡らせるのであった…。




