341手間
湯船に浸かり、交差するような形で縁に乗せた両手の上に顎をのせニヤニヤしている。
そこだけ見れば実に奇妙な光景だが、ワシの視線の先を見れば誰もが同じようにニヤニヤとするはずだ。
「んふふふ、かわいいのぉ…」
湯船の湯量は親狐でも少し深いかといったくらい、それでは子狐は溺れてしまう。
なので溺れない程度にお湯をはり子狐が満載された、少し大きめの桶…それが目の前にあるのである。
桶の中ではお湯の温かさにウトウトしている者、パシャパシャと跳ねている者、お湯なんて関係ないとばかりにじゃれ合っている者。
指を差し出せばまだ授乳期なのかはむはむと甘噛をしてくる、こんな子狐たちを見てニヤニヤしない者など居るのだろうか。
「はぁぁ…おぬしらのお陰で久々に、一人のんびり入れるのじゃ」
いつもであれば巫女なり侍中なりが付いてくる。彼女たちがいると至れり尽くせりで悪くないのだが、やはりたまには一人で入りたいときもある。
だが今回は親狐たちが彼女らを威嚇するので、一緒には入れなかったお陰で久々の一人のんびりと楽しむお風呂を満喫できている。
巫女らがいないのでスズリもコハクや親狐たちに混じって温泉を楽しめているし、誰の目も気にすること無く腕輪から子狐たちが入っている桶を取り出すことも出来た。
「しかし、おぬしらの中でワシはどういうことになっておるんかの」
子育ての時期となれば、普段おとなしい動物だって容易く牙を剥くようになる…。
だが…ちらりと振り返ればその凶暴なはずの親狐たちは、ちゃぷちゃぷと憂うこと無く温泉の中で気持ちよさそうに泳いでいる。
気分はまるで親戚の集会で、親たちが立ち話に夢中になっている側で甥っ子姪っ子の相手をしているかのよう。
「ま、カワイイしよいかぁ」
子狐たちに向き直り、適当に一匹の頭を優しく撫でてやればきゅうきゅうとかわいらしく鳴き、他の子狐たちもかまえかまえとワシの手に擦り寄ってくる。
こんな姿を見せられては子守を押し付けられても、迷惑どころか寧ろ本望というもの…。
その後も子狐たちが寒くないように、時々お湯を継ぎ足しながら構っているとはしゃぎ疲れたかお湯の温かさからか、何匹かうとうとし始めた。
「む…ほれーおぬしらそろそろ上がるのじゃー」
溺れない程度の湯量といってもそれは起きていてこそ、眠ってしまっては危ないと名残惜しいながらも温泉からあがることにする。
桶の中から子狐をすくい上げ、中のお湯を捨てて軽くすすぎ法術で乾かすと腕輪へと収納する。
その間に眠ってしまった子狐を拾い上げると、自分も含め子狐と親狐たちを法術でふわっふわに乾かして脱衣所へと向かう。
脱衣所に入り戸を閉めると寝ている子狐を起こさないようそっと下ろし、まだ濡れている足を乾かしてやる。
その後に手早く湯上がり用に準備されていた着物に着替え、その間にまた増えた寝ている子狐を再び拾い上げ社へと戻る。
「いま上がったのじゃー」
「これは神子様、この度は湯浴みのお供を出来ず…」
「よいよい、あれほど威嚇されては、いつ噛みつかれるか分かったものではないからのぉ…」
ワシに途中まで付いてきた巫女の一人が申し訳なさそうに頭を下げる。
流石に彼女に悪いので口には出さないが、久々に人の目を気にすること無くのんびりと入れたので丁度よかった。
畳の上に抱え上げていた子狐たちを起こさないようそっと下ろすと、他の子狐たちも身を寄せ合うように一緒になって丸くなり寝てしまった。
その側へそっと座ると乾かしたて特有の、ふわっふわな毛並みをそっと撫でる。
「やはり子供はかわいいのぉ…」
「えぇ、本当に愛らしく」
巫女や侍中たちも親狐たちに威嚇されない距離から眺めては、しきりに首を縦に振る。
彼女らにも撫でさせてやりたいが、ワシと子狐を守るかのように、ぐるりと親狐に囲まれてはそれも叶わない。
「そうだ神子様、お夕飯までは申し訳ありませぬがもうしばし掛かりますので」
「そうか、わかったのじゃ」
いくらかかろうが問題はない。何せワシにはこの子らという最高の暇潰しがあるのだから。
まだまだ丸くなるのは苦手なのか、それとも仲良しだからだろうかお互いを枕にしたり、とんでもない寝相の子が居たりお腹を丸出しにしていたりと、寝姿を見ているだけで飽きない。
もっと近くでよく見ようと横になりつつ、ちょんちょんと子狐を突けばピクピクと反応したりして先程から相貌は緩みっぱなしだ。
「ふぁぁ…ワシも眠くなってきたのぉ」
夕飯まで間はあるといっていたしと、眠気を自覚してから寝息を立てるまではとても早かった。
しかし起こされるのも早かった、寝苦しさに目を覚ませば何故か寝ていたワシの上でわちゃわちゃと騒ぐ子狐たち。
親狐たちは何をしていたのかと欠伸を噛み殺しながら周りを見れば、コハクも一緒になって丸くなり気持ちよさそうに眠っていた。
「またワシに子守を押し付けおって…」
「神子様、お目覚めになられたのですね。ちょうど良いので夕餉にいたしましょう」
「おぉそうかえ。では頼むとしようかのぉ」
寝ているとはいえ親狐がいるので、いつもより遠くから話しかけてくるナギ。
夕飯を乗せた膳もナギが近づくと親狐が威嚇するので、威嚇されない場所に置いてそれをワシが取りに行くという面倒な手間を踏むこととなる。
親狐はともかく子狐たちはどうするのだろうと思っていたのだが、授乳期だと思ったのは間違いではなかったようで、母狐のお腹に皆顔を突っ込んでパタパタと尻尾を嬉しそうに振っていた。
そんな感じで狐たちと一緒に過ごし数日後…何故この子たちがここに来たのか、その謎が解けることとなる…。




