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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第二章 女神の願いでダンジョンへ
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35手間

 カカルニアの街を出発してから六日目の夕方、ついにバスティオン山脈の麓にたどり着いた。

 御者の人が言うには、いつもより人数が少なかったため馬車が軽く、馬の疲労も抑えられたため、いつもより一日早く着いたらしい。


 正直、「ついに」より「やっと」と言いたい気分ではある、一日とはいえ予定よりも早く着いたのは非常にありがたかった。

 山脈は確かに近くなっているのは分かるのだが、世界樹は大きすぎて近づいている感じが全くしなかった。

 そのうえ道中の草原はほとんど同じ風景のため、忍耐の修業をさせられていたような気もする。


 それに何よりも馬車の同乗者が辛かった、神官のような服を着た唯一二人組で乗っている人達のせいで、楽しい馬車旅とはいかなかった。

 二人とも服装は質素でまさに清貧を重んじる聖職者と言った出で立ちだったのだが、二人組のうちの一人が厄介だった。


 一人はニコニコとして温和そうな神父といった顔立ちなのだが、もう一人の神経質な枢機卿といった顔の奴が問題だった。

 こいつが馬車に乗っている間中、太ももの上に肘を乗せて手を組みその手に顎を乗せる格好で微動だにしない。

 それだけならまだいいのだが、こちらが誰かに話しかけようとすると、まるで口を開くなとばかりにギロっとにらんでくる。

 今年で十五だし精神年齢的にはもっと上と自負しているが、見た目は十二歳程度の子供、それを睨んで大人げないとは思わないのか…。


「ふぅ、やっと明日であやつともおさらばできるのぉ…」


 順番に使っていた焚火で一人分の簡単なスープを作り、各々それぞれ作ったものや用意したものを食べてる時は、皆離れてるのでつい独り言が漏れてしまう。

 ほかの二人も枢機卿っぽいのに気圧されていたのか他に理由があるのか全くしゃべらない。見た目も平々凡々な顔にどこにでもいそうな服装なため、話も膨らませにくい。


「帰りはちっとはマシな旅になってくれればよいのじゃが…」


 明日越える灰色の岩石がむき出しの、今は夕日に照らされ赤く染まっている山々を眺め、またもひとりごちる。


「しかし、バスティオン…要塞とは随分と物騒というか物々しい名前じゃのぉ…」


「バスティオンとは、世界樹を守護する故の名前なのだ」


 座ったままひとりごちれば、空に消えるはずの独り言は誰かの返事によって、この旅で初めての会話となる。

 ぎょっとして声のしたほうを見れば、例の枢機卿っぽい奴が仁王立ちしていた。最も会話に程遠かった筈の人物の登場でますますぎょっとする。


「守護する故とはどういうことかの?里から出てきた故、教義には疎いのじゃよ。良ければ教えてくれんかの」


 この六日間、会話に飢えてたこともあり驚きはしたが、折角わざわざ向こうから話しかけて来たのだから会話を試みてみる。


「ほほう、獣人はそのようなことに興味ないと思っていたが…そうだな、遥か昔まだここに世界樹だけがあり山脈のなかった頃、世界樹を我が物としようとした愚かなる人が居た。奴らが世界樹に手をかけようとしたその時、天変地異が起こったのだ。

 それは地を空に巻き上げ鎧とし、世界樹を守る壁としてこの山脈が現れた。この山は世界樹を害するものを決して通さぬ要塞故にバスティオンなのだ」


 正面に座り込みながら、良い話し相手を見つけたとばかりに話を返してくる。


「なるほどのぉ、よくわかったのじゃありがとう。ところで、道中に会話をさせてくれなんだのはどういう事なのじゃ?」


 ついでにとばかりに、睨んできたとはさすがに言えないが明らかにしゃべるなという雰囲気を出していた理由を聞いてみる。


「それは聖地への巡礼だからだ。聖地へと向かう道はこれまでの人生を鑑みる道、それは一人静かに行わねばらならない」


 理由としてはなるほどと言ったものだが、さすがに信者では無いものにもそれを押し付けないでほしいとは思う。が、それはぐっと飲みこんで黙っておく。


「ふむ、では突然ワシに話しかけてくる気になったのはどうしてじゃ?」


 飲み込んだ思いとは別に、それだったら今はなぜ?という思いが沸き上がったので、これならば問題ないだろうと問う。


「信者であろうとなかろうと、教え導くのは神官の務め。惑うなら諭し悩むなら教えるのだ」


「なるほど、この問答も説教だからよいと…」


「そうだ、幼き獣人なのに貴様は聡いな。さすがは聖地を目指すものといったところか。教会はいつでも門戸を開いている故、学ぶ気があればいつでも教会に来るがよい」


「ふむ、機会があれば寄らせてもらおうかの」


「ではな」と最後にそう言って枢機卿っぽい人は去っていった。


「どうせ明日一日同じ馬車なんじゃがのぉ」


 その背に手を振りながらため息交じりにひとりごちる。

 日は既に落ち、焚火の光のみが辺りを照らしている。明日は夜明け前に出発するという。

 馬車に乗ったままとはいえ山道だ。何かあってもいけないし、早々に寝ることにした。

 久々の会話が良かったのか、この旅で一番気持ちよく眠りに入れたのだった。

街にいまだたどり着けない…。

帰りはパッと帰らせてしまおう。

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