339手間
ゴロゴロとワシ以外、誰も社の中に居ないことをいいことにヒンヤリとした床を転がり入り口の襖を少しだけ指先で開ける。
ザーザーと一際大きく外の音が響き、社の軒先からはまるでカーテンの様に水が絶え間なく滑り落ちる。
「ふぅ…よもやこれほどの長雨になるとはのぉ……これではカビてしまいそうじゃなぁスズリ、コハクや」
うつ伏せに寝転がり、足をパタパタさせながら外の景色を眺め感想を独りごちると、両脇に侍らせた二匹のもふもふを両手で撫でる。
コハクというのはワシについてきたキツネの名前だ、すっかり名前を考えることを忘れていて、慌ててその毛色から名付けた我ながら安直な名前ではある。
「いつまで続くのかのぉ…」
八日続いた雨は今日も降り続けている。流石に天気ばかりはどうしようもないので止むのを待つしか無い。
不幸中の幸いといえばいいのか湯気や温泉は元通りになったので、雨に打たれ寒さに震え薪が湿気て生のものしか食べられないということは避けられる。
しかし問題なのは食べ物などがいつまで持つかということ、基本的に雨が降ったら物流は止まるのだ…いや、それ以前に人の流れが止まる。
社の前というのは参拝者以外、それほど通らないがそれでも人通りは多い方に入る、だが今は三度笠の様な大きい雨よけの帽子をかぶった防人がたまに通る程度。
大抵の者は雨が降ったらお休みで、そもそも雨の日に外に出るようなことをしない。
「ふぁ…雨音を聞いておると眠くなっていかんのぉ」
雨の日はお休み眠気から逃げること無く丸まれば、いそいそとスズリとコハクがワシに近づいて一緒に丸くなる。
白色、狐色、白色の大中小の三色団子がすやすやと寝息を立てていると、ピリピリと背筋に何かを感じてバッと目が覚める。
「ふむぅ…? 静電気では無さそうじゃが…おぬしも何ぞ感じたのかえ?」
クルクルと不安そうに、その場で回っているコハクを体を起こしながらなだめるように背中を撫でてやる。
スズリは感じていないのか、いまだにすやすやと気持ちよさそうにお腹を上下させている。
「お? おぉおおお?」
カタカタと襖が笑ったと思えばすぐに、下手な神輿に担がれているかのように体が揺れる。
漸くそこでスズリがピャッと起きてワシの尻尾に隠れ、コハクがこやんこやんと外に吠える。
「神子様ご無事ですか!」
「おぉ、ナギやそちらは無事かえ?」
「は、はい。棚に上げておりました壺がいくらか割れましたが、それ以外は」
「ふむ、今のはそれなりに揺れたが、いつもある地震はあれくらいかの?」
「いえ、いつもよりは大きいですが…」
「一番大きいというわけでも無いということかえ?」
「はい、十五巡りほど前でしょうか…家が幾つも崩れ大火事になったことが」
「ふむ…火事はこの雨じゃ心配せずとも良いじゃろう…問題は今の地震で崩れた家がないかじゃの」
体感では震度四か五といったところだろうか…そこまで大きいとはいえないが崩れた家が無いともいえない。
「セルカ様ご無事ですか?」
「うむ、あの程度の地震で狼狽えはせぬ。それより民家が崩れておらぬか…」
「セルカ様でしたらそう仰ると思いまして、既に防人に伝えております」
スズシロにしては来るのが遅いとおもったが、なるほど先に指示を出していたからか。
こういう時は素人のワシなどより、彼女らのほうが対応の間違いは無いだろう。
「流石じゃな、あとは土砂崩れで道が塞がっておらねばよいのじゃが…」
「それに関しましては雨が止みませんと…」
「ま、それは致し方あるまい」
ただでさえ長雨で商人が来ていないというのに、道まで塞がってはどうしようもない。
とはいえ、未だ雨は降り止まず人を送り出す訳にもいかない。
「とりあえずそうじゃなぁ…今日は温かいものが食べたいのぉ」
「かしこまりました、夕餉はお鍋にいたしましょう」
「うむ、頼むのじゃ」
長雨のせいかここのところ少しでも日が傾く頃になると肌寒い。
街のことは心配ではあるが、ワシが直接動いては逆に迷惑になる。
とりあえず今は街のことを防人に任せ、ほこほこと湯気の立つ鍋を楽しみにパタンと襖を閉じるのだった…。




