336手間
ガタゴトと揺れる馬車の中、端なくない程度に足をプラプラさせて窓の外の景色を堪能する。
「はぁー、なんじゃ久しぶりに椅子に座った気がするのぉ…」
「ん? 馬車で移動するときに座らない?」
「ワシの乗っておる馬車は畳敷きじゃからのぉ」
「え? 馬車の中でまであの座り方してるの?」
「いや、流石に崩しておるがの。しかし、慣れたら長いこと座っておっても足は痛くならんからの」
椅子に長いこと座り続けるのもそれはそれで辛いのだが、そう考えると好きなときに寝転がれる畳敷きの馬車は、かなり快適なのではないだろうか。
四畳半もスペースがある大きな馬車なのと、ワシが小柄ということもあってこそ寝転がれるのだろうが…。
「おぉそうじゃ! 社にもどったらカルンに幾つか刀を見繕ってやるかのぉ、スズシロやまだ刀はあったはずじゃの?」
「はい、刀は私どもが使うには些か長過ぎましたので、着物などを頂きましたが本当によろしかったのでしょうか?」
「よいよい、いつもの礼じゃからの。それにワシではあの着物を着たところでブカブカになるのは目に見えておるからの」
彼女ら侍中が使う刀は隠せる大きさの小刀、しかし奉納された刀は一部を除き普通…といって良いのかは分からないが、腕を目一杯伸ばした指先から胸までの長さの刀ばかり。
なのでせっかく貰っても飾りになるだけだからと、彼女らは着物など他の使えそうなものを選んだので刀はかなり余っているのだ。
「む…しかしカルンは社に入れんかったの…さてどうするかの」
「でしたら…セルカ様がいくつかお選びになって、それを私どもが運びましょう」
「ふむ、それが良いじゃろうな。直接持っていってやりたいところじゃが…」
「ダメです、街が大混乱になります」
「というわけじゃ、何ぞこんな刀がよいとかあるかの?」
「どうっていわれても、そもそも刀をよく知らないから」
確かによくよく考えれば、カルンが刀を見る機会は無かったような気がする。
スズシロの持っているのを見せてもらっても、それはナイフを見てどんな直剣が良いか聞いてるようなもの。
「ふむ、ワシのはちと特殊じゃが…見た目は同じじゃからの。ほれこんな剣じゃよ」
「「え?」」
「む?」
ワシがひょいと仕舞っていた刀を腕輪から取り出して前に掲げるようにカルンへ見せれば、カルンとスズシロの口から見事に重なった疑問符が飛び出てきた。
「セルカ様? いまその刀をどこから…?」
「あっ」
剣などの持ち歩くには嵩張るが、近くにないと不安な物は他人の目がないところでこっそり収納の腕輪に入れて持ち運んでいた。
魔導器の刀もそうやって運んでいたのだが、ついうっかり目の前で取り出してしまった…。
「うぐ、むむむ…見なかったことにしてほしいのじゃ…」
「何故でしょうか?」
「面倒なことになるからじゃ、物を持たずに物を運ぶことが出来るなぞ…ワシの命を狙ってでも欲しがる輩が出て来るに違いないのじゃ」
「我が国にそのような…とは言えませんね……」
己の欲望の為にワシを狙った奴がでた直後では、流石のスズシロも言葉を濁らせるしかなかった。
「ですが女皇陛下には…」
「それは…致し方あるまい。じゃが女皇だけにじゃぞ?」
「誓って」
「父上には…」
「そっちはダメじゃ」
「何で?」
怪訝そうに首をかしげるカルンだが、その反応も仕方ない…。
明確にあっちは大丈夫で、こっちはダメと悩む素振りすら無く即決されたのだから。
「王国は隣が物騒じゃろう? 万が一にでもあっちに漏れたら、ワシが居るだけで戦争準備だのと文句をつけられても困るからのぉ…知らねば喋らぬ広まらぬ、そういうわけじゃ。こっちが大丈夫なのは国一つどころか山脈を隔てておるからの情報も伝わらぬであろうて」
「ねえやが居るだけで、何で戦争準備になるの?」
「うぅむ、そうじゃなぁ…軍…というよりも沢山の人が動くには何が必要になるかの?」
「沢山の馬車…かな?」
「そうじゃな、では沢山の馬車が移動するには何が必要になるかのぉ?」
「沢山の…馬?」
「そうじゃな、ではその両方が動くには何が必要になるかの?」
「なるほど…そういう訳ですか」
流石にスズシロは気付いたようだが、カルンはまだ気付いていないようだ。
「ま、引っ張っても仕方あるまい。要は大量の食料などが必要じゃ、それは人が多くなればなるほど必要となり、さらにそれを運ぶためのと際限なく増えていくわけじゃ」
「なるほど! ねえやがいればそれを運ぶ人たちや馬車が必要じゃなくなると」
「んむ、そういう訳じゃ。じゃからワシが移動するだけでそれが戦争の為の準備だと言われるかもしれぬわけじゃな」
「でも、流石にそれは無理やり過ぎない?」
「そう思うじゃろうが、何ぞ人の顔をひっぱたきたいやつは、そんなこじつけに近い理由でも十分なんじゃよ」
バレたものは仕方ないと開き直り、腕輪のことを話しつつ何故話が広まったら不味いのかの講義を開始する。
その途中、馬車の旅が逃げられない軍学校の授業になった事に気づき、心底間違えたという顔のカルンを知ってか知らずか、ガタゴトとのんびり馬車は進むのだった…。




