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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
353/3468

333手間

 立ち上がろうと浮かせた腰を、文官が告げた来客の言葉でストンと落とす。


「ふむ…今度はいつかえ?」


「本日でございます」


 本日という文官の言葉にワシは首を傾げる。

 この一月、来客というとどこから聞きつけたのか、普段は社にいてまず直接会うことが出来ない神子を、一目見ようと来るものたちばかりだった。

 中にはワシが領主をすると勘違いしたような者もいたが、その者たちはワシと身分がかなり違う。

 なので何日も前から、まずお伺いの話を持ってきて、実際に会うかどうかの是非はワシの胸三寸次第。

 しかし今回は違う、有無を言わさず来るというのだ。なれば相手は自ずと決まっている。


「女皇の…」


「はい、使者がいらしております」


「分かったのじゃ、席はそうじゃのぉ…スズシロに任せるのじゃ」


「かしこまりました」


 ワシの予想通り相手は女皇関係の者だった、恐らくはこの使者は先触れで後々本命が来るのだと思うのだが…。

 流石に女皇本人は来ないだろう。何も成すこと無く一瞬で潰えたとはいえ弑逆しようとしたものの領地なのだから。

 それをいえばワシが留まっていることも問題になりそうだが、ワシの場合はかんたんにいえば強いから問題ないと判断されたわけで。

 強ければ良いとは何とも獣人らしい、がしかし…脳筋すぎるのも如何なものか。文官と何やら話し合ってるスズシロをちらりと見やる。


「では、使者が来るか昼までワシは休んでおるのじゃ」


 使者もすぐに来るわけではなく、余計な手間がかかったもののお昼まではまだ間がある。

 今度はさっさと腰を上げ、横槍が入る前にワシがここで寝泊まりしている部屋へと戻る。


「ワシは昼まで休む、火急の用か使者が来るでも無ければ起こすでないぞ」


「かしこまりました」


 ワシの部屋の前を警備している侍中にひと声かけ、パンパンと小気味よい音を立て寝室へと襖を勢い良く開けつつ向かい、用意されていた布団にぽふんと身を投げる。


「あぁぁ…使者の用事がワシの代わりが来たという話であればよいのじゃがのぉ……」


 女皇の使者ということは皇都から来たというわけで、十中八九そうではあると思うのだが余計な話が付いてきているということも考えられる。

 布団の上でもぞもぞと丸くなりながら独りごちると、一度息を吐きくぅくぅと寝息を立てはじめる。

 そして結局使者が来たのは昼を食べ終わり、お腹も落ち着いた頃合いになってからだった。


「神子セルカ様。この度は御前に御目見得出来たこと、光栄至極に存じます」


「うむ、遠路はるばるご苦労じゃったな」


「有り難きお言葉」


 感極まるとばかりに頭を下げた使者は、飴色の髪の毛と少し垂れた耳が可愛らしい文官。

 随分と畏まった言い回しだが、愛嬌のある声のお陰で背伸びして難しい言葉遣いをしている様に感じられ、何とも微笑ましい。

 だがはっきりとした声音から決して言い慣れていないわけでなく、ちゃんとした者であるということも感じられる。


「して…女皇の使者ということじゃったが用件は何かの?」


「此度の騒動の沙汰と、領主代理についてでございます」


「ようやくかえ…それで…まずは沙汰から聞こうかの」


「かしこまりました、アボウに関しましては裸一貫で森の中に追放に、セルカ様を狙った男は腕と足の指を折った上で同様に」


「ふむ…」


 武器も持たず裸一貫で森の中に放置とは実質死刑である。一度森に入れば野犬や猪、小角鬼(ゴブリン)などなど命を脅かすモノばかり。

 よほど武に長けていなければ一週間と生き延びることは難しいだろう。ワシであれば一月どころか一巡りは余裕だが!

 あの間抜け男については更に厳しいことになっている。腕を折られれば襲われてもまともに反撃も出来ない上に、足の指のせいで逃げることも出来ない。

 何ともエゲツない刑罰だが、斬首などで楽には死なせはしないという実に嫌な怒りを感じる。


「グドウじゃったかな? あやつはどうなったのじゃ?」


「アボウの弟でございますね? 彼でしたら獄中で死にました」


「む? 兄と違って中々丈夫そうじゃったが」


「どうやら臓腑を幾つかやられていたそうで…」


「あぁ…随分と手加減したんじゃがのぉ……」


 どうやらグドウはあの時のワシの一撃が元で命を落としたらしい。


「セルカ様が倒されたのですか?」


「えぇ、セルカ様があの男の一撃を防ぎ返す刃の一撃で見事に!」


「ふむ…末期は随分と苦しんだと聞いておりますし、セルカ様の一撃をお慈悲として首を吊ったアボウの親族と同様に弔いましょう」


 魔法での回復はおろか外科手術すら無いのだ。どの程度かは知らないが内蔵をやられてとは相当辛かっただろう。

 お蔭…といって良いのかは分からないがワシと一対一で戦ったということも評価され、アボウの弟グドウは罰を受けること無く弔われるという。


「そのあたりはおぬしらにすべて任せるのじゃ。それで領主代理はどうなるのじゃ?」


「女皇陛下はこのままセルカ様にこの領を治め――」


「イヤじゃ!」


「て頂けないようなので……次の者が決まるまで私が代理として」


「おぉ、そうかえそうかえ。スズシロや引き継ぎの書類を……うむ、侍中の者に持ってこさせるのじゃ」


 代理がいつくるかという話を伝えに来たとばかり思っていたので、ようやく書類仕事から離れられるとパッと顔を明るくさせてスズシロに……と思ったが彼女は多分見てもどれが引き継ぎの書類かわからないだろうから、部下に取ってこさせるよう指示を出す。


「いえ、後で私が取りに伺いますので」


「ふむ、分かったのじゃ。で、話は以上かの?」


「二日ほど後に皇都から人が来られるので、それまではこの街に留まっていただければ」


「それは構わぬが…誰が来るのじゃ?」


「私にも知らされておりませんので…」


「そうかえ」


「それと最後におひとつ、セルカ様のお名前を貸してはいただけないでしょうか?」


「どういうことじゃ?」


 名前を貸すとは一体どういうことであろうかと、首をかしげる。


「領の名称は当代の領主か初代や先代の名前を冠するのですが…」


「つまりここは今、アボウ領ということかえ?」


「その通りでございます、アボウは名誉を失した大罪人、領の名前に冠する訳にはいきませぬ。ですのでセルカ様のお名前をお貸しいただければ…と、神子を狙った者の領という不名誉を無辜の民が被るわけにもいきませぬので」


「ふむ…なるほどのぉ、それであれば良かろう」


「ありがとうございます」


 話は本当にそれだけのようで、「お手間を取らせました」と随分と可愛らしい文官は深々とお辞儀をして部屋を辞していった。

 長いこと話すかと思って用意させていた、少し冷めたお茶をすすりつつ、これでようやく書類仕事から解放されるのかと安堵の息をほうっと吐くのだった…。

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