332手間
一月領主の仕事を肩代わりさせられてわかったが、アボウは平凡でバカで偏ってはいるが無能ではなかった。
ある意味何もしてないともいえる。もちろん仕事に手を付けてないという意味ではなく、大局的に見て何もしてない。
この手のお話の悪党ではよく見かける無理な徴収や横領もない、多少あの腹が出る程度にはやってはいたみたいだが首を斬るほどの問題でもない。
「ふぅ…これで全部かの…」
「はい、ありがとうございます神子様」
ワシが処理した書類の束を持って文官の男が、すっと頭をさげ部屋から出ていく。
始めの数日は把握の必要もあり忙しかったが、元々そこまで領主は大層なことをしていたわけではないので、今では昼前には終わるようになった。
正直この環境に居てなぜアボウが分不相応な地位を求めたのか……さっぱり分からない。本人は男の地位向上などと嘯いていたが、十分過ぎる。むしろかなり上位の地位にいた。
何せ領主なのだし、その上ここは大きな街道が通り、さらにそこは巡礼者が数多く通る道なのだから景気自体はかなり良い。
「ふーむ…収入が極端に減ったわけでもなし、なんぞ地位が脅かされるようなこともなし、浪費家かと思うたがそうでもない…」
サラサラと引き継ぎの為の書類を作成しながら、今日も今日とて犯行動機を考える。
気分的にはコツコツと、つけペン先で机をノックしたいところだがそうもいかない。
硝子製の色も無く、そこまで華美な装飾も無しのつけペン。
ただ吸い上げたインクが模樣を作り美しいペン先は細く、ノックどころか力加減を間違えただけで折れそうだ。
何を隠そうこのつけペンはアボウのコレクション、何とあのアボウ狸の置物のような見た目の癖して趣味が良い。
「見た目と性格さえよければ、さぞやモテたじゃろうのぉ…」
「あのアボウがですか…?」
「ん? おぉ、スズシロかえ…そうじゃな見た目と性格を考えなければ、高給取りで趣味も良いからのぉ」
「高級鳥ですか? アボウは狼の獣人ですが」
「あぁ、いや鳥ではなくての? 金持ちという意味かの…ほれ、下手な金持ちはゴテゴテと無駄に華美なものを好むじゃろ?」
「なるほど…」
仕事終わりのお茶とお菓子を持ってきたスズシロに、独り言を聞かれていたようだ。
趣味が悪いというのはどうもスズシロの思い込みだったよう。ただあの性格と見た目では悪趣味と思われても仕方がない。
金銀財宝に囲まれた部屋で、グチャグチャとステーキを食べてる方が明らかに絵になる見た目と性格なのだから。
「それで何か新たに分かったことはあるかの?」
「いえ、これ以上の賛同者は居ないようです。セルカ様を襲ったことについて言うと、皆一様に青褪めて平伏し洗い浚い吐いてくれましたので楽でした」
「ふむ、それで沙汰やら代理の者やらはまだ来ておらんのかえ?」
「沙汰につきましては、アボウの親類縁者は皆が首を吊りました。セルカ様を襲った男の方も同様です」
「む? それはもう沙汰が届いたということかえ?」
「いえ自ら首を吊りました。沙汰が下される前に自ら首を括るとは殊勝な心がけです。その殊勝さに免じて親類縁者は、神子様を襲った愚か者の類と蔑まれることはないでしょう」
「そうかえ…」
神子を殺そうとした者に関わりがある、それはワシが思うよりもずっと重い。
何せ本当に何も関係のない文官までが、ワシの下へ来てひたすらに謝るほど。
それも自分は関係ないからと慈悲を乞うのではなく、側に居ながら止めることが出来なかったことを。
ワシが「関わりが無ければ良い」と言えば、滂沱の涙を流すものまでいた。
お陰で文官が奮起し書類仕事がだいぶ楽になった。
「しっかし、己の口は地位向上を謳いながら、その足は他者を蹴っていたとは着いてくる者が少ないのも頷ける話じゃて…」
もちろんワシが許したとて、スズシロを始め侍中が許すはずもない。
文官も武官も等しく厳しく取り調べられた結果、アボウは防人以外の武官からの評判はよく待遇もいい、しかし防人と文官からは評判悪く待遇も悪かったことがわかった。
文官は戦えもしない情けない男と武官と一緒に見下していたらしい。給金も何もせず侍っているだけの武官の方がよかったというのだから、よく今まで寝首をかかれなかったものだと聞いた時は思った。
「それ相応の額は出ていたらしいので、文官も不満を持ちながらも従っていたのでしょう」
「侍っているだけというのも程度がわからぬし、護衛と思えば仕事はしておるといえるしのぉ…」
「文官からすればそれよりも、城仕えを許してくれないのが不満だったようで」
「それについては分からんでも無いがのぉ…」
「それはどちらの…」
「許さんかった方のじゃ」
ワシがアボウの肩を持つとは思わなかったのか、スズシロの目が面白いほどまんまるになっている。
城仕えを…というのは城付の文官になるための登用試験があるのだが、これを受けるのを許してなかった…というか領から出ることすら不許可にしていた。
「流石に領から出るのすらというのは、流石にやりすぎだと思うのじゃがの。城付きの文官というのは優秀な者しかなれんのじゃろ?」
「はい、私には普通の仕事すらさっぱりですので詳しくは分からないのですが、相当優秀で更に身も潔白でなければダメだそうで」
「んむ、領主側から見ればそれほど優秀な文官を失うことになるのじゃ。優秀であるなら重要なことを任せておったはず、それがおらんくなるのは困るじゃろう?」
「あぁ…なるほど…確かに優秀な者が抜けるのは困りますね」
スズシロも一応組織の長、ワシの言わんとすることが分かったのだろう。うんうんと頷いている。
「何にせよワシを狙ったまでは良いが書類仕事までさせたのじゃ…アボウの奴に一発見舞いしてやりたいが……」
「が…何でしょう? どうせ死罪なのです、一発殴るくらい何も問題は無いと思いますが」
「いや…今のワシが殴ったら骨も残らんような気がしてのぉ…それに殴ったらベタベタしそうでの」
「あ…あぁ…」
どちらを想像したのだろうか、スズシロが苦笑いを浮かべてワシの言葉に頷いている。
そうこう話している内にお菓子も食べ終わり、お昼までまだ間があるし少し休むかと腰を上げれば。
まるでそれを見越していたかのように、来客がある旨を告げに文官がやって来たのだった…。




