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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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330手間

 ワシは深々とため息を吐き出す、それはもう深々と生涯最高ではないかと思うほどの。

 もちろん諦観などではなく、呆れてものも言えない故のため息。

 それを目ざとく見つけた槍兵の一人が、侍中に囲まれるように守られたワシへ槍を突き出してくる。


「貴様その態度は何だ!」


「その言葉、まるっとそのままおぬしらに反してやるのじゃ…。いや、それよりもおぬしらは阿呆の策で、悲願達成できるなど本当に思っておるのかえ?」


「ふん! ここで死ぬ貴様らには関係のないことだ」


 ワシの言葉に対し返答したのは一人だけであるが、ワシらを囲んでいる槍兵は皆ギュッと槍を握り直し一歩間合いを詰め、今にも刺し殺さんばかりの気迫を見せる。


「ふーむ、情状酌量の余地なしといったところかのぉ…」


 この手の話の定石では、下っ端は脅されて仕方なく参加、そういう事が多いがどうやら彼らはそうではない様子。

 グルリと周りを見渡しても、好戦的な光を宿した眼を返してくるばかり、心から…かどうかは知る由も無いが少なくとも悪くは思っていないようだ。


「ふぅ…もう少し頭を巡らせれば良いもの…スズシロや、下がるのじゃ」


「しかしっ!」


「よい、下がるのじゃ。これは命令ぞ」


「は…はい」


 今度は小さくため息を吐き、ワシを穂先から守るように立ち並ぶ侍中らを下げる。

 もちろん彼女らはそれを嫌がるが、常に無い低い声で命令だと告げると怯えたようにスズシロを始め侍中らがワシの前から立ち退き後ろへと周る。

 ワシが多少低い声を出したところで可愛らしいだけだが、伊達に長生きはしていない可愛らしくも迫力のある声であると、内心で自画自賛する。


「男だからって、舐めやがって!!」


「何を勘違いしておるのじゃ、おぬしらを舐めたことなどワシは一度もないのじゃよ」


「何を言ってやがる!」


 護衛を下げた、寧ろワシがその護衛を守る形になったことがよほど癪に障ったのか、槍兵たちが気炎を上げる。


「おぬしらは歩く度に、そこらの小石が危ないかどうかなど考えるのかえ? ありえんじゃろう?」


 ワシがそう吐き捨てて、ついでにハンッと鼻で笑ってやれば槍兵たちは不味いメシでも食べたかのようにワナワナと唇を震わせ、顔は茹で上がったタコよりも真っ赤になっている。

 尻尾や耳の毛は逆立ち不機嫌だとバシバシと動かしたり天に突き出したりしている、誰がどう見ても臨戦態勢むしろまだ攻撃してこないのが不思議なほどだ。

 ちらりとアボウの姿を見れば、止めるでもなしけしかけるでもなし、ニタニタと溶けた脂の様な笑みを貼り付け濁った眼でこちらを見ている。


「貴様! ぶっ殺してやる!!」


 ワシが目線を外したことで遂に閾値を越えたのか、一人がザンと踏み込みワシへと槍を突き立ててきた。


「威勢だけは一人前じゃな」


 槍の穂先がワシへと届く前に、穂先をガッチリと握りしめて槍の動きを止める。


「なっ…あっ…」


 ワシが槍を止めた時は驚いた顔をするだけだったが、押しても引いてもびくともしないことに彼の口から驚きか畏れか弱々しく声が漏れる。

 その姿にニヤリとほくそ笑み、手首を軽くひねって穂先がベキリと柄とつながっている部分から折れる。

 すると丁度引っ張っているところだったのか、大物を釣り上げようとしたところで釣り糸が切れたかのように、握っていた柄を上段へと跳ね上げその勢いのまま尻を地面へと強かに打ち付ける。


「幼子のチャンバラでは無いのじゃぞ。この程度の枯れ木の枝を振り回したところで、ワシに傷一つつけることなぞありえぬのじゃよ」


 態と手のひらを相手に見せつけるように穂先を握っていた手を開けば、カランと地面に穂先が落ちると同時ワシへと槍を向けていた者たちが一歩二歩と後退る。

 槍の穂先と言えば。鋭く尖りたとえ研ぎが甘かろうと素手で握ればましてや柄が折れるほど強く力を込めれば怪我は免れない、しかしワシの手には切り傷どころか痕一つ残ってはいない。


「一応魔導器のようじゃが…、ワシからすれば玩弄物(がんろうぶつ)よ。竜の爪すら防ぐワシに傷をつけたいのであれば、ミスリルでもって万の命を捧げる一撃を見舞うことじゃな!」


 ここまで言い切ると気分はまるでどこぞの魔王さま、敦盛でも詠ってやろうかとフハハと胸を張り渾身のドヤ顔を決めてやる。


「何をしている! 全員同時にやらんか!!!」


 怯えどうしようかと互いに顔を見合わせていた槍兵たちへ、後ろから見ているだけのアボウが憤懣やるかたないとばかりに怒号を放つ。

 するとやけっぱちだと顔に貼り付けた槍兵たちが、ワシへ向け見事にそろった一撃を繰り出してくる。

 だがしかし、彼らからしたらワシが消えたように見えたであろう、ワシを狙った一撃は虚しく空を突き、三銃士の如くガチャンと大きな音を立て、お互いの槍を重ねるだけに終わる。


「合図も無しに揃えてくるとは、路傍の石とはいえ天晴じゃのぉ。じゃが…当たらなければ何とやらじゃ」


 槍が重なった部分を踏みつけるように、『縮地』で上に跳んだワシが降り立つと、堪らず彼らは槍を地面へ振り下ろすような形になってしまう。


「ふーむ…ちと構えた槍や剣の上に立ってみたかったのじゃが、やはりあれは書き物だからこそじゃのぉ…」


 槍の穂先に乗ったまま足に力を込めれば重なった槍はバキンと見事な音と共に、悉くが只の棒へと成り果てる。

 するとワシを退けようと必死に槍を持ち上げようとしていた彼らは、最初に槍を折られたやつと同じ運命をたどることになる。


「さて得物もなくなったがどうするかえ? 文字通りの小枝でワシに殴り掛かるかの?」


 随分と怯えた様子だったので、今度は優しく声をかけてみたのだが、彼らは地面に尻もちをついたまま足と手を必死に動かしてワシから距離を取ろうとする。


「ええい、この役立たずどもめ! グドウ! グドウ!」


 アボウが小者の手本のような言葉を吐き捨てて誰かの名前を呼べば、屋敷の脇から人の背丈の倍はあろうかという大男がずずいと現れた。

 その姿はまさに狼男、いつぞや見た醜悪な化物と違い夜な夜な人を食い殺す人狼そのもの。

 もちろん魔物などではなく、獣の姿が色濃く出た獣人である、灰色の毛に覆われた毛むくじゃらの体に紺木綿の股引だけを身にまとい、片手には俵に太い柄を刺したかのような大槌を持っていた。


「ふははははは、こやつは頭はないが力だけは皇国一よ! 行けグドウ! あやつらを醜い肉塊にしてやれ!」


 有頂天にでもなったかのように高笑いを続けるアボウの声を背景に、グドウとやらがグルグルと唸り声を上げてこちらへ突進してくる。

 突進してくるグドウの進路上に居た槍兵たちは、ワシかグドウかその何方もからか、必死に足を空回りさせながらも出来るだけ逃げようと必死に体をのたうち回らせる。

 そのかいあってか、グドウの進路上にはワシとその背後に居る侍中ら以外なく、狼ではあるが暴れ牛の如く低い体勢から下からすくい上げるように大槌をワシめがけて振るってくる。


「ふむ、まぁ…先程の輩よりはましじゃが、おぬしも失格じゃの」


 開く扉を足で止めるかのような気軽さで、振り上げの出掛かりに踵を地面に付け、爪先だけで止める。

 見た目はアレなものの中々冷静なのか、押してもビクともしないとみるや横へずらすように大槌を上段へと振り上げて。

 今度こそはと吠えながら体ごと体重を乗せて、ワシへと大槌を落としにかかる。


「言うたであろう? ワシは竜の爪すら防いだと…ん? いや、おぬしはそこには居らんかったな」


 肘を軽く曲げ上げた左手で大槌を受け止める、相手が大槌で無ければまるで気安い挨拶かハイタッチでも待っているかの様。

 話を聞かぬ小僧を咎める様な物言いだったことを「すまぬすまぬ」と謝りながら、空いた右手を握りしめグドウの腹へと一撃を見舞う。


「ほっほう…死なねば上々と思っておったが、気絶せぬばかりか大槌を手放さぬとは中々見どころのあるやつじゃな」


 大槌を引きずるように吹き飛ばされたグドウは、腹に一撃を受け流石に起き上がれないのか首だけを起こしこちらへ向けている。


「あぁ、しかしアレじゃワシの一撃を受け止めたと調子にのるでないぞ? 手加減に手加減を重ねた児戯(じぎ)にも劣る一撃じゃからの」


「なっ! 貴様は何なのだ!!」


「ワシかえ? 見た通りワシはワシじゃ」


 両手を左右に広げ着物の柄をよく見せるかのように、狼狽するアボウへとおどけてみせる。


「今代の神子は魔物でも引き込んだのか!!」


「不敬な! ワシをあんなものと一緒にするでない、まぁよい…あとはお主だけのようじゃが…」


 槍兵たちはとっくの昔に逃げおおせ、頼みのグドウは天を仰ぎすでに気絶している。


「スズシロや」


「はっ…はい!」


「アレを捕縛せい、ついでにあっちの伸びておるのもな」


「はっ!!」


 残るはアボウだけとなり、どう見ても戦えそうには無く捕まえるだけと『縮地』で距離を詰めようと思ったが。

 なんだか触ったらベトベトして気持ち悪そう、なので一連の出来事にぼうっとしていたスズシロら、侍中を焚き付けることにした。

 ワシの言葉ではっと我を取り戻した侍中らは、解き放たれた矢の様に一斉にアボウとグドウに向かい、アボウが声をあげる暇もなくあっという間に縛り上げてしまった。


「うーむ、見かけ通りの情けない動きじゃったのぉ」


「まだ子供の方が良い動きをします」


 縛り上げられ口も塞がれ「むーむー」と呻くだけの転がされた狸の置物を、ゲシゲシと他の侍中らと共にいい笑顔で蹴り上げてるスズシロが心底楽しそうに汗を拭うような真似事をする。


「セルカ様、こやつはここで首を落としますか?」


「んー? そうじゃなーそうじゃなー」


 スズシロの声音は、ワシがやれと言えば「や」と口にした時点でアボウの首を刎ねそうなもの。

 それを感じ取ったか醜くのたうち回る置物に向かい、ニタニタと「どうしようかなー」と可愛らしく煽ってみる。


「まー面倒じゃしのぉ…ふーむ、そうじゃな……うむ、後の例を作るためにも一度女皇に沙汰を頼むかのぉ」


「セルカ様のお心のままでよろしいのですが…」


「一応腐りきってはおるが一応領主じゃからの、一度政に手を出しては面倒が舞い込むからのぉ…」


「そうですか…では逃げた者たちはどうしましょう」


「そうじゃのぉ、おそらく街から逃げようとするはずじゃから…この街にも防人はおるのじゃろ?」


「はい、もちろんでございます。では手配させましょう」


 ワシの意を汲んだスズシロが手早く侍中へ指示を出し、それを受けた二人が外へと駆けていく。

 その後ろ姿を眺めながら、何とも面倒なことに巻き込まれたものだと、ふぅと息を吐くのだった…。

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