34手間
カタンカタタンと不規則に来る振動と、吹いてくる心地よい風にうつらうつらとしていれば、ガタンと不意に来た大きな揺れでハッっと目を覚ます。
キョロキョロと周りを見渡しても特に誰も慌てた様子もなく、ただ単に石にでも乗り上げただけのようだった。
今乗っているのは街から不定期に世界樹の街へと行く、向かい合わせのクッションが仕込まれた座席が付いた乗り合いの幌馬車。
今回は自分以外に四人ほどしか乗客がいない。二人ほど固まって乗っているが、それ以外の人はそれなりの距離をとって座っている。
それでも十分なほどのスペースが空いているため、膝の上で寝息を立てているスズリを一撫でして上半身だけ座席に横たえる。
ここまでのんびりできる理由は偏に安全だから。人々の領地は南北にすこし細長い楕円形のようになっている。
楕円形の中は所々に小高い丘や少しだけ木々が生えた林、湖や川がある以外は広大な草原になっており、羊の群れでもいれば実に絵になる光景が広がっている。
その草原の中では何故か魔獣や魔物は殆ど存在しておらず、万が一を考えて三人の護衛が同道しては居るが、まず襲撃に会うことは無いと言う。
肝心の世界樹はその楕円形の草原、世界樹の草原の中心から少し北にずれた位置に存在し、さらにその周りをほぼ真円の山脈が囲っている。
そして今回の目的地である世界樹の街はその山脈の内側、バスティオン山脈と呼ばれる山々の南の麓にある。
この街はカカルニアからだと歩いて一月ほどだが、馬車であれば十日もかからない。
しかし、教会の神官や敬虔な信者などには、一か月歩き続け世界樹の麓で拝み、また歩いて戻る…なんて事を習慣にしている人もいるらしい。
実はこの乗合馬車、片道三十銀とかなりお高めなのだったので、乗合馬車の護衛としていければ安く済むんじゃ?と思いギルドで聞いてみたのだが。
この乗合馬車の護衛は、全て世界樹の街にある教会の総本山から派遣されている騎士というもので、護衛を務め雇いはしないという。
騎士というのが初耳だったのでこちらも聞いてみたが、それもそのはず、総本山にしかおらず世界樹の街の衛兵の役目を担っているそうだ。
世界樹の街というが、世界樹の周囲、草原を含む範囲は聖地とされており誰のものでも無いとされているため、領主も存在しない。
人の住んでいる場所も世界樹の街とハイエルフの里の二つだけ。噂では獣人の里もあるらしいが…。
ハイエルフの里はもちろんハイエルフが、街はギルドと教会が合同で管理してる事になっている。そのための騎士というわけだ。
そういうわけで、この旅は実に平和だ。言い換えればすごく暇。初めは馬車の後方から見える景色を楽しんでいたが、変化に乏しくスズリ共々すぐに飽きた。
ちらりと前方の御者席側を見れば、カカルニアの街からも見えていた世界樹がそびえているが、でかすぎて近づいてるのかすら分からなくなる。
この世界樹、成層圏を軽く突き抜けて電離層ぐらいまであるんじゃないかってデカさだ。この世界にも成層圏とかあるのかは謎だが。
幹もそれに見合った、測るのも馬鹿らしくなるほどの太さだが、それでどうやって自重を支えているのだろうか…?
すさまじいまでのマナの流れがその巨木を支えているという話もあるそうだが、ファンタジーな世界だし、深く考えるのは無駄か…。
そんなこんなでボケーっとしていると日が傾き始め、それに合わせてゆっくりと馬車が止まる。今日はここで野営をするらしい。
テントや食料は各自用意する必要があるが、焚火やそれの薪の管理は騎士が行う。聖地内での火の扱いは教会の許可が必要だからと教えてくれた。
教会の関係者の居ないところで焚火など火を起こす場合は、事前に教会で許可を取れば大丈夫らしいので、そこまで厳しいというわけでもなさそうだった。
焚火は一つしかないので、食事の用意に火を使う場合は乗っている人たちで順番に使うことになるが。
今日は軽食を出発前に用意してもらっていたので、必要は無いと断り先に食事を始める。
街中などでは魔具ランプなどの明かりがあるので分かり辛いが、膨大なマナの影響か、日が沈むにつれて世界樹がぼんやりと薄緑に淡く光るのが見える。
「ふーむ、たしかあと八日か九日じゃったかの…世界樹を下から見上げる場所まで行くのは楽しみじゃが、暇なのが辛いのぉ…」
食事を終え軽く敷物を敷いて、その上で丸くなって寝る準備をする。魔獣などに襲われる心配も無く護衛も居る為テントも必要ない。
この世界、広い森があったりするわりには雨が極端に少ない。降ったとしても霧雨程度と、テントで雨をよける必要も無い。
それに獣人だからか、こうやって野ざらしで寝るほうが何となく気分が良い気がする。
スズリも脇で丸まって、既に寝息を立て始めている。その姿に安心しつつ、世界樹の麓では何があるか心躍らせつつ眠りにつくのだった。
日照権?知らんな




