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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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326手間

 あの男を尋問してから数日。

 いや…あれを尋問といって良いのかは分からない。何せ重要なことを面白いようにペラペラと喋るのだから…。

 アレなら子供だって重要情報を引き出せるし、テロリストだってもっと口は固いだろう。

 あぁ、やってることを考えたら、あの男こそ正真正銘のテロリストか…。


「暇じゃからよいのじゃが…これを全部検分するのかえ?」


「いえ、その必ずしも全てに目を通さずとも大丈夫ではありますが…」


 この数日、スズシロは防人を引っ張ってきてまで社の周囲を厳重に警戒し僅かでも外を覗くことすら許してくれない。

 そんな状態で広いだけの社の中で過ごすのは暇で暇で仕方がない、しかし幸か不幸かその広いだけの社の一角は今様々な品で占拠されている。

 艶やかな色に染められた布に織物、誰がこんな物を使うのかという六人引きの大弓に、牛でも一刀両断出来そうな大野太刀。

 衣桁に飾られた綺羅びやかな刺繍が施された、幾つもの打掛や裾引き、まさに宝物庫の様相を呈している。


「とは言えのぉ…暇なのに目を通さぬというのも悪いしの」


「さすが神子様でございます」


 などとよいしょしながらもナギは紙束を糸で留めただけの目録をめくりつつ、変なものが紛れていないか宝物をチェックしてこちらには目線をやらない。

 これでもまだ全てはないらしく、そんなナギの態度を咎めることも無く適当に刀架(とうか)に置いてある抜き身の刀を手に取り、傾けたり何だりして品定めをする。

 品定めといってもマナを見ているだけなので必要以上に動かす必要は無いのだが、そこはまぁ気分というやつである。


「神子様、ここまでの品は問題ありませんが、こちらより先の物は…神子様!!」


「ん? どうしたのじゃ? 突然大声などあげて」


 まるで目を離した隙きに、赤子に包丁を持たれたかのような反応をするナギへ、訝しげに目を向ける。


「それは触れるなと言われていた刀ではございませんか! 早くお手を!」


「ん? おぉ、そういえばこれじゃったな。この刀はどうもマナを通しやすいようでの、そのせいでマナを吸い尽くされてしもうたのじゃろう。ほれ、乾いた布の端を水につければ水がつけておらん所まで滲みてくるじゃろう? あれみたいなものじゃよ」


「わかりましたから、早くお手を」


「大丈夫じゃよ、ワシはマナの制御に長けておるからの。無闇に吸われることなぞないのじゃ、そもワシのマナを吸い尽くすようなモノがあれば、その周囲はとんでもないことになりそうじゃしの」


 どの段階からコレほどのモノになったのかは知らないが、マナを吸われながらの鍛冶をするなど凄まじいまでの執念だ。

 そのお蔭かミスリルは一分足りとも使われていないのに、ミスリル製の物に迫るほどこの刀はマナの伝導率が高い。それこそ人一人吸い殺すほどに…。


「ふーむ、魔導器に似ておるが…ふーむ? 魔導器の何ぞやを全て伝導率に振っておるのかのぉ」


「神子様は魔導器についての造詣が?」


「いや、何度か見て触れた程度じゃの。なんと言えばよいのかのぉ、こうマナの感じから似ておると思っただけじゃ」


「そうでしたか…それでその刀は魔導器なのでしょうか?」


「詳しくは魔導器職人に聞かねば分からぬが、これはただ単にマナが通りやすいだけの刀じゃな」


 通常の魔導器に備わっているマナを何か…一般的には衝撃力に変換するようなモノが一切ない。

 その点これはただただひたすらにマナの通り易さだけを追い求めたかのよう、それを狙っていたのかどうかはもう聞く術はない。


「では…それは失敗作なのでしょうか…」


「ふむ、そうじゃのぉ…」


 この刀の謂れを知っているからか、申し訳なさそうにナギが言う。

 神子への奉納の品はその時持てる技術全てを使った品であればいいので、良い出来かどうか失敗作かどうかは不問であるので咎められることはない。

 いわゆる採算度外視の試作品が多く紛れているのである。


「じゃが、これは良いものじゃ」


「マナが通りやすいだけなのですよね?」


「うむ、しかしワシにとってはそれが最も重要じゃ」


「どういう事でしょうか?」


「んむ! 物にはマナの通りやすさがあるのは分かっておるな?」


「はい、それはもちろん」


 得意満面にナギへ、その物が持つ許容量以上のマナを無理やり通すと、燃えたり溶けたりするということを簡単に説明した。


「そのようになるとは…浅学を恥じるばかりです」


「なにそれは仕方のないことじゃ。マナの量もそうじゃがマナを操る術に長けておらねば、それ程の量のマナを通すことは出来ぬからの。両方兼ね備えておるのはワシの知る限りカルンだけじゃからのぉ。それでも頑張って鋼が溶けるかどうかくらいじゃ、普通のものであれば溶ける溶けない以前にマナ不足で倒れるのがオチじゃからの。それではその様なことになると知らぬのも仕様が無いのじゃ」


「なるほど…しかし、マナがよく通ることでどうなるのでしょうか? 私は武道を修めておりませんので…」


「そうじゃな…簡単に言えばマナを通しておる間だけじゃが、折れず曲がらず刃こぼれしない凄まじい切れ味の刀になるのじゃ」


「おぉ…それはなんとも…研ぎ師泣かせでございますね」


「そうじゃのぉ。ま、それができるのはワシだけじゃ。泣く必要はなかろうて」


 ミスリルの剣はどうしても見た目含め目立ちすぎる、代わりにこの刀を使えれば良いのだが…。


「うーむ、この刀持っておきたいが…」


「これは異なことを、ここにあるもの全て神子様の物にござます。喜ばれこそすれ誰が咎めましょうか」


「おぉ、そうかえ。では遠慮なく持っていくとするかのぉ、じゃが…布は兎も角、着物はワシの丈にあわぬのじゃが…」


 着物などは丈に合わせて刺繍がされているので、切って合わせるということも出来ない。


「それでしたら、女皇陛下にお譲りすることも出来ますし。神子様の身の回りのお世話をする者に下賜(かし)なさることも出来ますので」


「ほほう、では後でスズシロらに欲しい着物やらを選んで貰うかのぉ」


 スズシロたち侍中には随分と世話になっているし丁度よいと考えていると、噂をすればなんとやらとばかりにスズシロが通用口をガラリと開けて入ってきた。


「スズシロや丁度いいところ――」


「セルカ様、今しがたアボウより手紙が……」


「なんじゃと?」


 腐っても領主なのだから、スズシロたちからすれば敬称を付けなければ相手なのだが、随分と嫌われたものでスズシロだけでなく他の侍中や巫女たちまでも呼び捨てにしている。

 むしろ罪人の名前のように忌々しさを滲ませて口にしている。あのマヌケな男のいう通りであればテロの首謀者もしくは関係者なので罪人ではあるのだが…。


「アボウめ言うに事欠いて、あの男一人の暴走であり自分に責任はないが、側近の不始末だから直接あって謝罪がしたいと…」


「ほう…尻尾を巻いて逃げるかと思うておったが、謝罪がしたいとは中々殊勝なことじゃのぉ」


「ですがこれは…」


「確たる証拠はないのじゃ。そやつが黒幕とはいえぬしの謝罪をしたいというのであれば会うしかあるまい」


「しかし」


「側近があれなのじゃ、襲い掛かってきたところで侍中の敵ではあるまい?」


 素直に謝罪すればよし、小悪党の様に土下座から斬りかかってきたとしても宝珠もない者の刃がワシに届くことなどありえない。


「それに……ワシに手を出したのじゃ。その愚かさをその身に叩き込むというのも一興じゃ!」


 手にしたままだった刀を横に一閃し、淡い薄緑の残光の上でニヤリと笑うのだった…。

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