3429手間
新たな取引が出来ないという事実を慰める訳ではないが、テーブルに着く際に下に置いていた鞄から絹糸を取り出し彼の前に置く。
「これはアラクネの糸ではないが、もしかしたら呪いに使えるのではないかえ」
「これは…… 確かに似ているが、いや、呪いには使えないかもしれない」
「ふむ。まぁ装飾品には使えるであろう」
「それで、そちらは何が必要なんだい?」
「ん? いや、それは手土産じゃ、それで取引しようとは思うておらぬ。ただ貰うのが嫌というのであれば、茶の礼と思えばよい」
何を確かめたのかは分からなかったが、残念ながら絹糸は彼のお眼鏡には適わなかったようだ。
とはいえそれで絹糸を返せとか、代わりに何かよこせなどと言うつもりもない。
そもそも彼らがアラクネの糸を呪いに用いているなどとは知らなかったのだし、純粋に土産として持ってきたものだ、ただ貰うのが心苦しいというのであれば茶の礼だと言えば、彼はほっとしたような表情をしてから、絹糸を少し手前に引き寄せる。
「正直に言って最近は宝石を採りに行けていないし、酒もまだ仕込みの時期で、渡せるような物が何もないから助かる」
「ふぅむ? 何ぞ問題でもあるのかえ?」
「いや、単純にどちらも時期の問題だ」
「そうかえ。ところで酒は何を使って作っておるのじゃ?」
「ん? あぁ、この先の畑で採れるトウモロコシからだ」
「しかし、酒ならば仕込みの時期でも、あるのではないかの?」
「何を言っているんだ? 酒なんて出来てからすぐに飲まないと、酸っぱくなって飲めたもんじゃないだろう」
酒によっては敢えて置いて味をなじませるような物もあるのだ、仕込みの時期だからと言って酒がないことは無いのではないか、そう言えば彼は変な事でも聞かれたかのように、酒はすぐにダメになるだろうと首を傾げる。
「そういう酒もあるじゃろうな。こっちで主流の酒は長く置けるからの」
「そうか、それは羨ましいな。とはいえ、いつでも酒が飲めるとなるとダメになりそうだから、今のままで良いな」
「そういう者は、どこでもいっしょなのじゃのぉ」
酒癖が悪かったり、酒で身を持ち崩す者というのは、いつだろうと何処だろうと同じようにいるのだなと、お互いに苦笑いをするのだった……




