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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
345/3466

325手間

 取り乱さないだけ立派なものと言うべきだろうか、このままで干からびるのでは? と思うほど脂汗を垂らす眼の前の柱に括り付けられた男。

 男は立った状態で括り付けられているので、どうしてもワシはその顔を見上げる形になるのだが。

 男の目には顎に手を当て如何に話を聞き出すか考えるワシは、いったいどのように映っているのだろう。

 まるで断頭斧を持った処刑人でも見るかのように、怯えきった顔をしている。


「おぬしの悪行に加担する者がおるのは分かっておる。さてどうじゃろう…話の内容如何によっては、おぬしの父祖の名だけは保証してやろうではないかえ」


「くっ! これは大義だ! いくら悪行と罵られようと仲間は売るものか!!」


「語るに落ちるとはまさにこのことじゃなぁ…スズシロや、やはりこやつには仲間がおる。もしかしたら街に潜んでおるかも知れぬし…」


「かしこまりました、手配しましょう…直ぐに各門へ検閲の手配を」


 既に男の凶行から日が経っているので遅すぎる手だろうが、万が一ということもある。

 スズシロに指示を出された侍中が、駆け出していくのを目の端で捉えつつ男を見やる。


「十中八九、仲間がおるのは感づいておったが…まさかこうも容易く鎌かけに引っかかるとはのぉ…」


「セルカ様、なぜこれに仲間がいると?」


「簡単じゃ、大義大義とほざいておったし、何よりワシもこやつもお互いのことを知らんからの」


「何故それだけで!!」


 スズシロが感心した風に聞くので答えれば、完璧なタイミングで柱の男が合いの手を入れてきた。


「いい質問じゃな、大義を騙るには口が必要じゃろう。結果がどうであろうとも即刻首を落とされておった可能性もあるしの。それではなんの為にやったのか誰も知らぬままじゃ。なればどう転ぼうとも大義と代わりに喚く輩が必要じゃろう?」


 要するにテロリストの犯行声明という奴である。


「なるほど…しかし、お互いを知らないというのはどうことでしょう?」


「世の中どこで恨みを買っておるかなぞ分からぬ。ワシがこやつを知らんでもコヤツはワシを知っておったかもしれぬが、こやつはワシを見て影武者とほざきおったしの、確実にワシのことを知らぬ。神子だろうと構わず射殺そうとするほどの恨みであれば、ワシの顔を違えることなぞまずありえぬであろう?」


「たしかに。では、何故それが仲間に結びつくのです?」


「こやつの恨みでないとすれば、誰の恨みじゃ? という訳じゃの」


「あぁ…」


 個人的な恨みであれば誰に語る必要もない。しかし顔も大して知らぬ相手をそれほど恨むだろうか…。

 初めはそれもあるだろうが、凶行に及ぶのであれば確実に顔は覚えようとするはずだろう。

 それに何より、こいつはワシのことを影武者だと素っ頓狂なこと口走っている。

 普通は死んだ方を影武者というはずだ。生きてるのが影武者であれば何の意味もない。

 恨みつらみが重なっている奴にまずいう話ではない、なればワシを殺せと言ったやつが居るはずだ。


「確か…男の地位がどうのこうのというておったが…確かにこれほど間抜けでは、さしてよい地位にも着けぬは道理じゃて…」


「何を言うか! 俺は領主様の側近だ! だが…男というだけで使者の側付きにさえ頭を下げねばならない! これが不当と言わず何を不当というのだ!!!」


「うーむ、この様な者を側近にするとは…よほど人がおらんようじゃのぉ…その領主とやらもすげ替えたほうが、領のためにも良いのではないかえ?」


「きっ! 貴様! アボウ様を愚弄するか!!」


 なんと言えばいいのだろうか、アボウとやらに同情する他無い…。

 指示をしたのがそいつでも、これや側近どもの暴走だとしても可哀想過ぎて怒る気にもなれない。


「スズシロや?」


「はい…アボウ殿…いえ、アボウは例の領主です。アボウを神子様暗殺計画の首謀者として即刻手配だ、急げ!」


「はっ!」


 主君をバカにされこちらを噛みつかんとばかりに睨みつけていた男は、スズシロの指示を聞いて血でも抜かれたかのように見る見る青ざめていく。


「掛ける言葉も見つからぬのぉ…取っ掛かり程度聞ければ御の字と思っておったが…よもやこれほどスルスルと」


「だが大義は我らにあるのだ! アボウ様こそこの国を治めるのに相応しいお方」


「民に見向きもされぬどころか石を投げられるような大義なぞ、赤子の泣き声のほうがまだ意味がわかるというものじゃ。父祖と同じように防人で身を立てれば、まだ聞いてもらえることもあったじゃろうにまこと愚かじゃのぉ」


「身を粉にして働いているというのに、なぜ防人などという危ないことをしなければならないのだ」


「はぁ…おぬし本当に獣人かえ? その耳外れるんではなかろうな?」


 個々の能力に差があるヒューマンであれば彼の言い分はあながちおかしくはない。人には得手不得手があるのだから…と。

 だが種族の特徴として力を尊ぶ獣人の中で彼の言い分は、雛鳥が親鳥にエサがまずいと文句をいっているようなもの。

 決して男女で優劣を決めているわけではなく、防人という命をかける行いをするからこそ女性が尊ばれているのだ。

 女性であれば、必ず一度は経験せねばならない防人の任を男は免除されている。


「まったく…よくその口で大義なぞと言えたものじゃな…弓の腕が泣いておろう…」


 皇国の獣人は基本的に女性の方が強い。立場ではなく身体能力的にだ…。

 基本的に、獣人の男は戦いを不得手としているからこその防人の任の免除。

 だが中には彼のように戦える男もいる、だからこそ免除であり禁止(・・)では無いのだ。

 同じ話をするのであれば、獣人は戦う者の言葉を聞く。防人をしていれば彼の大義も聞く耳を持たれただろうに…。

 ヒューマンの価値観に合わせるのであれば、彼には信用が無い。


「我々だけではない! 国中の抑圧された男たちの為の大義なのだ!」


「いかな耳触りの良い大義でものぉ……」


 信用のない者の大義なぞ誰も耳を貸さない、貸すのは似たような価値観の者達ばかり。

 スズシロや周りを固める侍中たちも、防人をバカにされたも同然のことをいわれたのもあり、既に男を見る目は人を見るそれではない。


「スズシロや…アボウとやらはどの様な男なのかの?」


「これの言っていた通り祖先は防人から身を立てた者ですが、当代は防人の任もしておらぬ威勢だけの男でございます」


「そうかえ…」


 この男と同じような阿呆であればワシが出ること無く終わりそうだが、睨みつけている男を横目に何とも言えぬ徒労感から大きくため息をつくのだった…。

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