3424手間
アラクネの子にとっては同族とワシ以外で初めてしゃべれる相手だからか、そして山の上の人も外からくる人は珍しいからか、お互い楽しそうに話している。
「(山の上の人! 話には聞いてたけど初めて見た!)」
「山の上の人? あぁ、私たちの事か。そのまま…… いや、言い得て妙だな」
山の上に住んでるから山の上の人、すさまじいまでの安直な呼び名だが、彼は見た目に反して実に紳士なのか、その通りだなと笑顔で頷いている。
「ただ、私たちにはスゴアルアドという名があるのだ、出来ればその名で呼んではくれないか?」
「(スゴアルアド?)」
「そうだ。古い言葉で黒き岩の尖峰という意味なのだ」
「ふむ、おぬしはスゴアルアドという名なのじゃな?」
「いや、私たちの名だ、私に名はない、必要はない」
「なるほど。おぬしら全体で、同じ名を共有しておるという訳じゃな」
「その認識で間違いない」
種族名がスゴアルアドで、個々人の名というのは彼らにはないらしい。
まぁ、どう見てもかなり閉じた集落だ、個人を判別する名前もさほど重要ではないのだろう。
「ここには、おぬしだけが住んでおるのかえ?」
「いや、今は皆は畑などに行っている。私は道具の手入れの合間に、休憩をしようと外に出たら」
「ワシらが居たという事じゃな」
「その通りだ」
幾つも家屋があるのだ、一人二人ではないとは思っていたが、彼の口ぶりからしてそれなりの人数がいるようだ。
「それにしても畑かえ。こんな山の上で水はどうしておるのじゃ」
「その疑問はもっともだが、この近くに水が湧き出る泉があるのだ。ただ畑からは距離があるから、水路を作って畑近くのため池に流しているがな」
「山の上に水が湧き出る泉とは、実に珍しいことがあるものじゃ」
「あぁ、正に母なる山々の奇跡であろう。昔は雪を集めて燃える石を使って水にしていたそうだが、全く先人の苦労には頭が下がる思いだ」
「確かに、雪を融かして水を作るは面倒じゃからのぉ」
なるほど、前に見た廃集落は雪から水を作っていた頃のもので、水が湧き出る泉を見つけたから、放棄してこちらに来たのだろう。
そんなことを話していると、道の向こうから畑仕事をしていた者たちなのだろう、今話している彼と全く同じ容姿で同じように金属製の装飾で身を飾り、土に汚れて鍬を手に持った者たちがワシらを見つけると、彼らの驚いた時は皆、共通の反応なのだろうか、彼らもまたピタリと動きを止めるのだった……




