3423手間
山々の間、その谷間の斜面にぽつぽつと建つ家屋は、よくよく見れば先ほど見た廃屋に比べて随分と立派になっていることが分かる。
大きめの石材で組み上げられた家屋の壁面には、何やら文様のようなものが刻まれており、まるで神殿などのような雰囲気を醸し出している。
しかし、そんな風景の中には誰も居らず、もしやまた人が居ないのかとアラクネの子が不安そうな顔をするが、先程の廃集落と違いここには誰かの気配が残っており、今も使われていることが分かる。
何よりどこからか聞こえるカーンカーンという鉄を打つ音にも似た甲高い音がはっきりと聞こえるので、誰もいないなんていう事は有り得ない。
「(鳥の鳴き声とかじゃないんだ)」
「そうじゃな。あれは何か硬い物を叩いておる音じゃ」
ドワーフの工房に行けば嫌でも聞こえてくる音に似ているが、やはりドワーフのそれとは全く違うので、また別の何かをしているのだろうか。
そんなことを考えつつゆっくりと集落の中へと向かおうとしたところで、一番手前の家屋の入り口から、ぬっと巨大な人影が現れたかと思えば、ワシらを見てぎょっと目を見開いている。
よほどワシらが居たことに驚いたのだろう、ピタリと固まった者を観察すれば、ワシの予想通りヒューマンよりも大きく、オークよりもやや小柄な体躯で、その見た目はオークよりも鍛え上げられたヒューマンのそれに近い。
しかし決定的にヒューマンと違うのは、その全身をややくすんだ雪のような白い体毛でおおわれているところだろう。
要は巨大な姿勢の良い猿だ、ただ足跡を見るに猿のように手のような足ではなく、ワシらと同じような足なので、猿とも違うのだろうが。
何より決定的に猿と違うのは、その身を金属製らしき装飾品で着飾っているところだろう、彼らはどうもワシの予想以上に文明的な生活を送っているようだ。
「あー、ワシの言葉は分かるかの」
「(固まってるけど死んじゃった?)」
「鼓動は聞こえるし、ただ驚いておるだけじゃろう」
微動だにしない山の上の人に、アラクネの子が彼は死んでしまったのかと聞いてくるが、バクバクと明らかに緊張している心音が聞こえるので、彼、もしかしたら彼女かもしれないが、立ち往生している訳ではないことは確実だ。
「あ、あぁ、言葉は分かる」
「んむ、それは重畳」
なるべく刺激をしないよう、距離を保ったまましばらく待っていれば、ようやく動き出した山の上の人が、先程のワシの質問に存外に流暢な言葉で返してきた。
いや、流暢というよりも随分と聞き取りやすいやや低めの男性の声は、そこらの貴族よりも言葉が綺麗だと思えるほどだ。
「(わー、喋ったから生きてるね)」
「すまないねお嬢ちゃん、驚いて固まってしまっていただけなんだ」
「ふむ? あぁ、なるほど、ワシと同じという訳かえ」
「同じ? それはどういうことだね」
アラクネの子が生きてたと無邪気に喜べば、山の上の人は頭をガシガシとかきながらこちらへとやってくると、彼女の前で跪いてなるべく視点を近づけてから、恥ずかしそうに驚いてただけだと弁明する。
全く以って自然なそのやり取りに一瞬気付かなかったが、アラクネは思念のみで会話している、そんな彼女と問題なくやり取りできるという事は、彼はワシと同様に思念を聞くことができ、思念で会話ができるのだろう。
なるほど、明確な会話としての思念を伴った言葉というのは、これほどに耳に心地よいのかと、アラクネの子と会話する彼とのやり取りを聞きながら、なるほどと何度も頷くのだった……




