3420手間
アラクネの子が興味津々に動き回る音と気配を感じながら、石の柱が倒れたものか、それともベンチとしてここに置かれていた物か、判別のつかない物に座ったまま周囲を見回すが、やはりアラクネの子以外の気配は一切ない。
こんな場所だからか、文字通りネズミ一匹の命の気配すらなく、崩れかけた家屋だけが確かにここに誰かが住み着いていたことを物語っている。
とはいえ周囲に土砂崩れの跡や散らばった家財道具というものもなく、災害や疫病などで滅んだという訳ではないのだろう。
恐らくはここが住むのに適さなくなったか、もっとよい場所を見つけて移動したのだろう。
「なにか面白いモノはあったかえ?」
「(なにもなーい)」
「気が済んだら行こうかえ」
「(はーい)」
アラクネの子も何も見つけることが出来なかったようで、出発しようと言えば素直に戻ってきてワシの頭へとよじ登る。
「(ここにいた人は、みんな死んじゃったのかな)」
「さてのぉ。少なくとも、何ぞ良くないことがあって、ここに居た皆が死んだという訳ではなさそうじゃぞ」
「(なんで分かるの?)」
「何かがあれば痕跡は必ず残るものじゃ、ここには慌てた様子も荒らされた様子もないからの。何より、そういった淀みがここにはないからのぉ」
疫病などの良くない理由で滅んだのであれば、ここに必ず穢れたマナなどが淀み溜まる。
ここは吹雪などを避ける為か、殆ど風が通らない場所にあるようで、そんな場所では長く穢れたマナが溜まってしまうが、それもないという事は集落が滅びるほどの避けがたい不幸には襲われなかったという事だ。
「(そうなんだ)」
「んむ。特にここは草木もないからの、そういうのは溜まりやすいのじゃよ」
草木が地上と地下との穢れたマナのやり取りの橋渡しを行っている、それがない場合は殆ど地面へと吸収されず、穢れたマナはその場に残ってしまう。
特に恨みつらみによって生じたモノは残りやすいので、何かあった場所というのは、足を踏み入れた瞬間淀んでいるというのが、本当に分かるほどだ。
「さて、もしさっきの場所が山の上の人の住処なれば、同じようなモノがあると思うからの、よくよく探すのじゃぞ」
「(任せて!)」
尾根に戻る斜面を登りながら頼むぞと言えば、頼られたことがよほどうれしかったのか、アラクネの子はワシの頭の上でふふんと上機嫌で胸を反らすのだった……




