3419手間
最初は尾根から見る雄大な山々の景色を楽しんでいたアラクネの子であったが、殆ど変わらぬ風景に段々と飽きてきたのか、頭の上ではしゃいでいた気配が消えてゆく、少しずつ静かになっていった。
それも致し方ない話だ、山側の景色は確かに雄大で人々を惹きつけるに値するが、ここから見えるモノを端的に答えるならば、岩と雪だけなのだ。
木々はもちろん草花もなく、吹き付ける風のせいなのだろうか、岩の隙間に雪がかろうじて残っているといった感じで、綺麗な銀世界という訳でもない。
さらに残念なことに、ワシが雲を払ったせいという訳でもないだろうが、海側、つまりはワシらが普段いる場所の上に薄いとはいえ雲がかかってしまい、眼下の景色を楽しむことも出来なくなってしまった。
「(白い砂と黒い砂ばっかり……)」
「白い砂? あぁ、雪の事かえ。あれは砂ではなく雪と言っての、水が凍ったモノじゃよ。寒い日の朝に、葉っぱやらが白くなっておるのを見たことは無いかの?」
「(葉っぱが白く? う~ん、寒い日は、みんなあったかくなるまで動かないから、見たことないなぁ)」
「ふむ、まぁそれもそうじゃな」
ワシらが今いるこの地域は、神国全体から見れば驚くほど暖かい地域だ、だが朝晩はやはり冷え込み、頻繁に霜が降りるのもよく見る風景だ。
だから雪そのものを見たことは無くとも、似たようなモノはと思ったが、まぁ彼女らは別に日々生きることにせわしなく動いてるわけでもなし、寒いならば暖かくなる頃合い迄待つのも当たり前のことか。
「なんにせよ、二日も三日も似たような景色が続けばワシも飽きそうじゃし、さっさと見つけねばのぉ」
「(そんなにご飯持ってきてないよぉ)」
「二、三日は大丈夫じゃと思うがの」
アラクネの子もワシと同様さほど食べる訳でもないので、近侍の子らに持たせられた食糧で、三日ほどは十分に持つと思うが。
まぁ、なにも成果がなくさほど変わり映えのない風景というのが嫌というのもワシは分かるので、さっさと山の上の人には出てきてもらいたいものだ。
そうしてしばらく似たような風景を見ていると、山々の影、谷の中腹よりやや下あたりに、何やら不自然なものを見つけ、少し足を緩める。
「(ねぇ、あそこみて、なんか変なものがあるよ)」
「よく見つけたのぉ、早速行ってみようかの」
ワシが見つけてよりしばし、アラクネの子もなかなか目が良いのか、ワシと同じものを見つけたらしく、楽しそうな声で指をさす。
彼女にしっかり捕まっているように改めて言ってから、山の斜面を滑り降りるようにして下り、近づいてゆく度にワシは眉をしかめる。
「ふぅむ、確かにここに誰かが暮らしておったようじゃが」
「(誰もいないね)」
石を積み上げ、泥で固めた家屋がそこには並んでいたが、その大半が崩れており、ここである程度の集団が暮らしていたのは間違いないだろうが、使われなくなって久しいことが分かる。
とはいえここが山の上の人の集落かどうかは分からないが、山の上に住んでいる者たちが居たという事実に変わりなく、山の上の人が居るという事に希望が持てる。
「ふぅむ、戸口が異様に大きいのぉ」
「(山の上の人は大きいって聞いたし、ここがそうなのかも)」
「ふむ、この大きさなら見たらすぐにわかりそうじゃな」
戸口の大きさから推察するに、オークよりもやや小柄といったところだろうか。
何にせよヒューマンよりも大きいのは間違いないので、遠くからでも見かけたらよくよく分かるだろうと、探索してくると言うアラクネの子に、あまり離れすぎないように言ってから、ワシは近くにあった細長い石を置いただけのモノに腰掛けるのだった……




