3418手間
吹き付ける雪や雹を無視してさらに斜面を登っていけば、分厚い雲の中で急に斜面が途切れ、一歩踏み出せば向う側へと転がり落ちそうな下り坂の斜面が目の前に現れる。
「(ここが一番上?)」
「さて、どうかのぉ。この雲が煩わしいからのっ」
雲と雪に視界は覆われて、ここが尾根かどうかは分からない。
ならばとワシが雑に腕を振り抜けば、雲は大慌てで逃げる群衆かの如く散ってゆき、目の前には雪に覆われた雄大な山々の景色が現れた。
「ふぅむ、これは存外手間やもしれんのぉ」
「(おぉー)」
山脈というものは、単純に山を横に引き伸ばしたようなモノではなく、すさまじい数の山々が葉脈の如く連なり帯になり、大地に横たわっているものだ。
ワシらが下から眺めていたモノは、それらの端の端を見上げていたにすぎない。
そんな景色に感嘆のため息をもらすアラクネの子と対照的に、これは面倒だなとワシはため息をつく。
「(あの山の上ってこんな風になってたんだ)」
「そうじゃな。この景色のどこぞにおるのじゃろうなぁ」
「(ここから探すの?)」
「んむ」
わぁっと素直に感心している彼女には悪いが、この雄大な景色から探すとなると少し面倒になるのも致し方ない。
ワシのやや抑揚の少ないそんな声の意味に気付いたのか、アラクネの子からは「わぁ」と思念か思わず喉から搾り出たモノか分からぬ声が聞こえた。
「ま、ともかく探さねばの。わざわざ麓まで降りてくるのじゃ、そんな辺鄙な場所にはなかろう」
アラクネと山の上の人が接触したのは山の麓だ、つまり彼らというほど居るかどうかは分からないが、こちら側に近い場所に居住地を築き、山を下るための道のようなモノもあるはずだ。
それを探すにはやはり雲があっては邪魔だろう、ワシが今払ったとはいえ押し寄せる波を一時的に追いやったにすぎず、すぐにまた雲に覆われてしまうだろう。
ならばとアラクネの子にしっかりと捕まっているようにと伝え、切り立った尾根の上を当初の方角へと細い足場の上を進むように駆け抜けてゆく。
今までの急峻とはいえしっかりと地面を駆け抜けていた今までと違い、まるで綱渡りの如きその景色に、アラクネの子はひゃあひゃあと悲鳴とも歓声ともとれぬ声をしばし上げ続けるのだった……




