3416手間
寒さと風を障壁で防げば、あとは慣性さえどうにかすれば、いくら速く動こうともアラクネの子に負荷はない。
とはいえ一番の問題であろう吹き付ける風は、彼女に掛けた障壁以外にも、ワシの前面に展開した障壁で完璧に防いでいるので、彼女がワシの頭にしっかりとしがみつき耳を握っている限りは、吹き飛ぶようなこともないだろう。
「疲れたら言うんじゃぞ?」
「(大丈夫、ぜんぜん疲れてない)」
いくら風などの影響がないとはいえ、ずっと体に力を入れ続けていれば、いつかは疲弊するのが目に見えている。
そして往々にして子供はロウソク消しで消された炎のように、急に力尽きるものであるから逐一気にはしておこう。
そんなワシの心配はよそに、当の本人はワシの頭の上でびょうびょうと流れゆく景色を見てはきゃっきゃとはしゃいでいる。
「ところで、前に山の上の人が来た場所は知らんのじゃな?」
「(うん、私は前の場所に移動してからしか知らないから)」
「ふむ、やはり虱潰しに探すしかなさそうじゃな」
ただアラクネの子が言うには、前の前の縄張りは街から更に遠い場所にあったらしいので、念のため前の縄張りの手前から山脈の尾根へと向かい、街から離れる方角をざっと探していく予定だ。
普通ならば高山のそれも天候が不安定な尾根を突き進むなぞ、正気の沙汰ではないであろうが、ワシならば全く以って問題ない。
そんなことを話したり考えている内に、ぐんぐんと近づいてくる山脈にぶつかると思ったのか、アラクネの子が耳を引っ張るが、別にそそり立つ壁などではないのでどれほど速く近づこうがぶつかることは無いと、耳を引っ張るのは止めるように伝えながら宥めてやるが、近づいてきた山肌は殆ど断崖絶壁で、確かにこのまま突き進めば崖に激突してしまうだろう。
「(壁だー)」
「大丈夫じゃから耳をひっぱるでない」
「(でも、どうやって登るの)」
「なに、こうやって登るだけじゃ」
山羊のように山肌を駆け登るわけでもなく、城壁を飛び越えた時と同様に、しかし高さは倍以上の距離をひょいと跳びあがり、崖の上へとなにごともなかったかのように飛び移る。
「(わ、わぁ?)」
「ワシからすればそも山頂までひとっ跳びじゃがの、それは流石に危ないからの」
ワシの脚力ならば、山頂まで跳び上がるのも問題ないが、流石にアラクネの子がその負荷に耐えられない。
風も寒さも障壁で防げるし、空気の薄さもワシのマナでどうにでも出来るが、一気に動いた時の身体に掛かる重さまではどうにもできない。
ワシ自身は身体の頑強さで気にしていないだけであるが、アラクネの子は恐らくそこらの者たちよりも頑強であろうが、ワシと比べれば言うまでもない。
「さて、ここから上まで駆け上るが、何ぞ異常を感じたらすぐに言うのじゃぞ」
「(はーい)」
やはりこういったものはワシよりも本人の申告が一番であるし、アラクネの子ならば遠慮せずに言ってくれるだろう。
それでも出来る限り気を付けねばと、頭に貼りついているアラクネの子を撫でてやり、崖ほどではないが急峻な斜面をゆっくりと、傍から見れば信じられない速度で駆け上ってゆくのだった……




