324手間
社の中で入り口の襖を背にして左手の通用口、そこから出て石垣に備え付けられた少し急勾配な木製の階段を降りた先。
社の正面からは目隠しの林によって隠された建物、そこが巫女たちが食事を用意したり寝泊まりしている建物だ。
林の先に見える建物は簡素な平屋といった印象で、飾り気のない凛とした雰囲気を醸し出している。
そこへナギ、スズシロの二人がワシの左右を、侍中四人が四方を固め六角形になるように囲まれつつ、平屋へ続く林道を進む。
「のうスズシロや、神子を害しようとした者に対しての罰則はどうなっておるんじゃ?」
「ありませぬ……」
「む? どういうことじゃ?」
ワシを襲った犯人は、今まさに向かっている場所で拘束されている。
なのでその犯人を脅すにしろ諭すにしろ、話を聞くためにと彼の罪について聞きたかった。
しかし、スズシロの口から返ってきた言葉は意外なものだった。
「そもそも神子を害しようとする不心得者が、今までおりませんでしたので…」
「なるほどのぉ……ではアレじゃ…普段はどうなっておるのじゃ?」
「普段といいますと…盗人や刃傷沙汰についてでしょうか?」
「うむ」
無いのであれば似たような状況の判例を持ってくればいいと、普段はそういうことに関わっているであろうスズシロに聞いてみる。
「そうですね…基本的に同じ害を与えます、但し火付けと殺しは問答無用で打ち首の上、晒し者でございます」
どこぞの法典の様に目には目を歯には歯をということか…火付けは確かにアレだけ木造建築が多ければ被害が大きくなる。
人の考えることは何処であろうと、似たようなことになるのだなぁと一人感心する。
「ふーむ、では今回は…半殺しといったところかの」
「いえ、今言ったのは同じ身分の者同士であればですので、古く女皇を弑しようとした者が友人含め一族郎党皆殺し、彼の者が居た領地の主も打ち首お家取り潰しとなりましたので、それが妥当かと」
「な…何とも思い切りの良すぎることじゃのぉ…」
「暗君暴君であるならば兎も角、その沙汰を下した女皇は名君であったとの話ですので、民がそう望み領主も自ら首と家を差し出したそうです」
「ふーむ、では一先ず一族郎党根切りということにしておくかの」
「かしこまりました」
男の処遇が決まったところで平屋の入り口へとたどり着いた。
「セルカ様、先に私めが少し話をしますので少々こちらでお待ち下さい」
「うむ」
そう言ってスズシロは平屋の戸をガラリと開けて一人先に中へと入ったので、少し中の様子を見ようかとしたら直ぐにピシャリと戸を閉めてしまった。
「神子様、随分と沙汰を下すに慣れておられたようですが」
「ん? なに、昔取った杵柄と言うやつじゃ」
偉くなるとどうしても沙汰を下す必要性が出てくる。人権などという言葉はおろか概念すら無いこの世界は悪即斬が基本。
血生臭さいことにも随分慣れてしまった。魔物という脅威がある以上悪人を養っている余裕なぞないので、ある意味当たり前ではあるが…。
そういうわけでそれなりにこの手の事には精通している。だがそれを正直に言うと面倒なことになるのでお茶を濁すにとどめておく。
「何やら中も五月蝿くなってきたようじゃし、そろそろ入るかの」
平屋の中から漏れる声を聞けば、どうやら大義がどうのこうので犯人とスズシロが激しく言い争っている様子。
これでは埒が明かぬと、満を持してワシ登場とばかりに戸をガラリと開けて中へと踏み込む。
「ほう、おぬしがワシに射掛けた奴かえ」
戸を開けるとそこは土間、窯の側に薪が積まれ土間の隅には人がすっぽり入れそうな大きな水瓶。
かなりの人数が住んでいるのかもしれない広々とした土間にある柱、そこに奴は括り付けられていた。
「貴様は…影武者か?」
「何を言っておるんじゃ?」
「神子は確かに射殺したはずだ!」
「何を言うておる目の前におるじゃろう?」
「貴様は俺を殴った方の奴だろう!」
「んんん?」
ワシを見るなり敵意たっぷりにそいつが喚くが、話が噛み合わない。
「おぬしが矢を飛ばしたのもおぬしをふっ飛ばしたのもワシじゃが?」
「何を言ってる! 矢を飛ばすのもやっとな距離を、あれだけ速く人が動けるわけが無いだろう!!」
「あぁ…そういう事かえ…何簡単なことじゃ……」
戸と男が括り付けられている柱までは、五、六人寝転がれるほどの距離がある。
「貴様には大した距離でも、ワシには一足で行ける距離ということじゃよ」
ワシは一旦言葉を区切ると、軽く『縮地』をして男の背後にまわり、男の耳元でちょっと小馬鹿にした口調でそう告げる。
すると男は縛られて動けないにも関わらず、冷水を浴びせかけられたかのようにワシから距離を取ろうとビクリと体を跳ねさせる。
「なんぞ小胆な奴じゃのぉ」
ぐるりとワシの方に男が顔を向けるので、今度は男の正面に『縮地』で飛んで話しかける。
「なっなっなっ」
「これで分かったであろう? あの距離を当ててくる腕は見事じゃが…ワシを殺すにはちと足りぬのぉ」
ゴクリと唾を飲み込んだ男は冷たい脂汗を滲ませ、上手く呼吸が出来ないのか肩を震わせ喘いでいる。
「さて…どうやら大義がどうのと喚いておったようじゃが…ようそのなりで大義がと言えたものじゃのぉ…」
柱を後手で抱えるように縛られ、両足首も柱に縛られている男は上半身裸で、まるで握りこぶしほどの大きさの固いもので幾つも打たれたかのように青あざが点々とついている。
「それはアレも皆、女だからだ!」
「大義と嘯くのであれば、女男関係なく頷いてこその大義じゃろう」
「貴様は立場が上だからそのようなことが言えるのだ! 働けども不当な立場にしか居られない男の気持ちなぞ!!!」
「城で働いておる男もおるし、隣の領の主は男じゃろう…これでも不当といえるのかえ?」
「そうだ! 領主様や我らの父祖が防人として名を挙げて漸く手に入れた地位、しかし今はどうだ! 幾ら働けども女より下にしかなれぬ!」
「ふむ…そうかえ、その漸く手に入れた地位を、おぬし一人の悪行で手放すばかりか汚名を被せたのじゃ」
「どういうことだ…」
「何簡単なことじゃよ。おぬしの友人含め一族郎党、そして領主も根切ぞ」
「なっ…! 神子殺しに決められた罰は無かったはずだ!!」
「決められておらぬから、罰にはならぬなどと考えてはおるまいな? であるならばとびきりの阿呆じゃな。いや…ワシに手を出した時点で阿呆なのは決まりじゃが…」
そもそもワシにその権限が有るかどうか知らないが、とりあえず脅すなら小石より大岩を掲げた方がいいだろうと話をふっかける。
油を絞る麻袋のようにダラダラと脂汗を滴らせる男を見ながら、できればこいつ一人の先走りであれば良いのだがと、どう話を引き出すか顎に手を当て考えるのだった…。




