3415手間
いくつかの干した果物などを入れた袋と、アラクネの子用の防寒着の替えなどを入れた鞄が用意され。
これまたいつの間にやら用意していたのか、彼女の為の背負い鞄には追加の干した果物と水筒などが入れられている。
「よしよし、ちゃんと背負ったの」
「(うん)」
背負い鞄をアラクネの子に背負わせてやれば、アラクネの子は感触を確かめるように背負い鞄の紐を引っ張った後に、楽しそうにその場でくるくると回り始めた。
彼女のように小さい子の中には、背負い鞄の感触が気に入らないのか、放り出してしまう子もいるので、背負い鞄を気に入ってくれたのならば幸いだ。
「どうやって外に出られるのですか? この子は兎も角、王太子妃殿下は大変に目立ちますが」
「別に道を行き、門から出る必要もないしの。何よりこの子のように姿を消すことは出来ぬが、気配を隠すことは容易いからのぉ」
「神子様、お帰りはいつになりますか」
「さてのぉ、そう長く開けぬ予定ではあるが。向こうの状態やら次第じゃからの」
戻るのはいつになるか明言は出来ない、そう言ってワシも背負い袋の紐を肩に掛け持ち上げる。
それを合図にアラクネの子がワシの頭の上に乗ったところで、ひらひらと手を振り屋敷の車止めに出たところで、近くの建物の屋根へと素早く飛び移る。
「姿は消しておるかえ?」
「(うん、誰にも見えてないよ)」
「ならばよし、ワシが良いと言うまで解くでないぞ?」
「(はーい)」
ワシには幻術を発動しているか否かは分からないので、彼女に確認すれば自信満々に頭の上で頷くのを感じて、続いて大丈夫だと言うまで幻術を解かないようにと念を押す。
もしかしたら数日間使い続ける可能性もあるが、ワシにくっついている限りはマナが枯渇する心配もないので問題は無いだろう。
今まで一緒に暮らしてきて、幻術にはさほど集中力がいらず、殆ど無意識で使えるようなので精神的に疲弊するという事もなさそうであるし、気分で解除されるのを防ぐ為だけの確認であるが。
「さて、さっさと向かうとするかの」
山脈に一番近い方角の城壁へと屋根伝いに向かい、城壁に近づいたところで道端にある水たまりをまたぐかのような気軽さで城壁の上を飛び越える。
それを頭の上でアラクネの子がきゃっきゃとはしゃいでいるが、確か彼女の幻術は音は隠せないはずなので、彼女の笑い声を誰かが聞いているかもしれないが、そんなことで彼女を咎めるほどワシは狭量ではない。
というよりも笑い声は思念ではなく、声で発するんだなと謎に関心したものだ。
それはともかく、聞こえるはずのない場所で子供の笑い声、また何ぞ幽霊の仕業などとは言われそうだが、それならそれで話題がそれているので問題はない。
「さてと、その恰好でも寒かったら言うんじゃぞ?」
「(はーい)」
そう言いつつも素早く障壁で彼女を包み寒くならないようにしているので、寒くなることは無いのだが。
何にせよこれで準備は整ったと、アラクネの子の笑い声を響かせながら山脈へと一直線にワシらは駆けてゆくのだった……




