3410手間
アラクネの子を今後どうするにせよ、ひとまず屋敷に住まわせる上でまず最初にしたことは、使用人を含め蜘蛛嫌いの者が居るかどうかの聞き取りだった。
侍女や近侍の中に何名か蜘蛛嫌いの者が居たものの、幸いなことに殆どの者は蜘蛛に嫌悪感を示すことなく、使用人などに至っては害虫を駆除してくれるからと好意的であったりもした。
無論この聞き取りはワシが直接行った訳ではなく、使用人などに行わせたのでワシに遠慮して本当のことを言っていないということは無いはずだ。
「随分と物怖じせんようになったのぉ」
「はっ、全く喜ばしいことでございます」
この屋敷、ワシの傍で過ごすならば、当然近侍の子らだけでなく近衛たちとも近くで過ごさねばならい。
そうなれば体格が大きい者を一々怖がってもいられないのだが、彼女の場合は人見知りというよりもただ単に知らないモノを恐れていただけのようで、数日のうちに近衛たちなどの体格の良い男性を恐れなくなった。
それだけだったのならば特に問題は無かったのだが、ワシが頭に乗せるのを全く断らなかったせいか、彼女は人によじ登るのを気に入ったらしく、今も近衛の一人によじ登っている。
「嫌なら言うんじゃぞ?」
「いえ、小さな子の為に体を張るのも、我々の務めでございます」
「そんな務めはないがのぉ……」
見た目の幼さから感じる重さよりもあるとはいえ、所詮は子供の体重だ、毎日体を鍛えている近衛にとってはさしたる重さではなく、体をよじ登られた所で揺らぐことなどなく、むしろその状態でどれほど揺るがないかを近衛の内で争ってさえいるようだ。
しかしそれでも子供一人の体重を首だけで支えるのは難しいらしく、近衛はワシに応えながらも首に青筋を立てて必死にアラクネの子を支えているのが目に見える。
「ワシ以外の者では、首から上は登らぬようにの」
「(どうして?)」
「ワシ以外じゃと怪我をするからじゃ」
「(分かった)」
アラクネの子は少し心配になるくらい素直でワシのいう事をよく聞いてくれるので、駄目だからやってはいけないと言えば、ちゃんとそれを守ってくれる。
こんなに素直では騙されるのではないかと思いもするが、まだ言葉を理解していないので、とりあえず今のところは問題ないだろう。
今後、彼女が言葉を覚えてきたら騙される心配をするべきではあるが、ワシの庇護下にある彼女をだまそうとする不届きものは、少なくともこの屋敷にはいないだろう。
「しかし、なぜそんなに登りたがるのじゃ?」
「(高いところ新鮮)」
「木の上の方が高いであろう?」
「(木の上とはやっぱり見えるものが違う)」
「なるほど。確かにその通りじゃな」
何故そんなにも人に登りたがるのか、ワシのいう事を聞いて肩に移動しているアラクネの子に聞けば、視線が高くなるのが楽しいと彼女は言う。
彼女は森の中に住んでいたのだ、人に登るよりも木々に登った方が視線は高くなりそうだが、そこは全く違うのだとアラクネの子は近衛の肩の上で熱弁を振るうのだった……




