3407手間
とりあえずアラクネの子が乗ってきたのが魔物ではなく、馬車の事だと分かり新たな魔物が出てきたわけではなかったのだが、彼女自体も問題であることには変わりない。
「おぬしが居らんくなって、他の子たちも心配しておるんじゃないかえ?」
「(大丈夫、言ってから出てきたから)」
「あぁ、そうなんじゃな」
自分は落ちこぼれで、それでもみんなが良くしてくれるから、そんな環境に耐えきれずという思春期にありがちな家出だと思っていたのだが、どうやらちゃんと彼女は家族に出ることを言ってからやって来たようだ。
「本当にそれは快く見送ってくれたのかの?」
「(うん、外でも頑張ってねって)」
「そうかえ……」
彼女たちが行っているのは思念による会話だ、そこに言葉の選び間違いによる誤解の余地などなく、快く送り出したのならば、本当に快く送り出したのだろう。
ともかく、彼女をワシらが攫ったなどという勘違いで、アラクネたちが怒るようなこともなさそうで一安心だが、それはそれとして別の問題が出てくるのだが。
「ところで神子様、アラクネはまだそこに居るのですよね?」
「うむ、ずっと位置は変えておらんの」
「先ほど着せた服も見えていないのですが」
「そうなのかえ? 彼女たちの幻術の効果を考えれば、不思議ではないと思うがの」
「自分たちを見えなくする幻術ではないのですか?」
「それじゃと人は入ってくるし、消えるのも糸だけになってしまうじゃろう。そうじゃのぉ…… 例えばふとさりげなく置いた物から目を離した後、置いた物を見失うことはないかの?」
「何気なく置いた物は確かに、たまにあれどこに置いたっけってなりますが」
「恐らくじゃが、それを人為的に起こすのじゃろう、そこに確かにあるのに見失ってしまう、そんな幻術なのじゃろう」
自分自身を透明にしている訳ではなく、ただ単にそこに居るのに認識できなくしている。
なので別に服を着こもうが、それだけ見えるという間抜けな事にはならないのだろう。
何にせよ彼女たちアラクネはよく原理を理解していない様だし、ワシ自身も幻術そのものを見ることは出来ないので、完全なる憶測であるし、全く以って別のやり方かもしれないが。
「何にせよ、見えておらんのは不便じゃな。怖い人は遠ざけるから、他の者に見えるようにできるかえ?」
「(うん)」
怖い人と言われてやや落ち込んでいるクリスを念のために遠ざければ、彼女は自分に掛かっていた幻術を解いたのが、視線が宙を彷徨っていた近侍の子らの視線が定まったことで察し、さてこの子をどうするかと近侍の子らと頭を捻ることになるのだった……