3406手間
一先ず上裸ではなくなったのでクリスと改めて対面させてやれば、クリスは興味深そうに体を上下左右に揺らしながら、アラクネの子の全身をまじまじと見やる。
クリスは近衛たち程ではないにせよ、上背があり尻尾を覗けばワシより圧倒的に威圧感がある。
そんな見知らぬ者がまじまじと自分を見てきたら、幼子にとっては当然恐怖であり、ぎゅっとワシの袖を握ったかと思えば、クリスが急に辺りをきょろきょろを見回し始めた。
「どうしたのじゃ?」
「いや、急に、本当に急にアラクネが見えなくなって」
「まぁ、あれだけじろじろと見てはのぉ……」
「確かに。物珍しさについつい見てしまったが、かなり不躾だったな」
それにしても、マナが多少揺らいだがそれはさして不自然なことではなかったというのに、ワシに悟らせずに幻術を行使するとは、この子の幻術の腕前は相当なモノなのだろう。
「おぬしらは、糸以外にも幻術を掛けられるのじゃな」
「(うぅん、自分の術をかけれるのは私だけ。でも私は落ちこぼれだから、糸に術は使えないの)」
「ふぅむ? その腕前で落ちこぼれとは、随分異なことを言うものじゃのぉ」
「(糸に掛けられなきゃ意味ないの、それに私は全然大きくならないから)」
ペタペタと自分の身体を触りながらアラクネの子は嘆いているが、確かに顔の印象から想像する体躯よりは随分と小さいようには見える。
更に詳しく聞けば、アラクネにとって糸にしっかりと術を掛けれてこそ一人前であり、いくら自分に上手く術を掛けれても、なんの評価にもならないと言う。
「それは分かったが、何故ここに来たのじゃ?」
「(落ちこぼれだけど、みんなはよくしてくれる、でもそれが嫌で出てきたの)」
「なるほどのぉ。で、どうやってここまで来たのじゃ?」
「(でっかい人のお腹に乗ってきた。石で出来た森に着いたら、あなたのマナを辿ってきた)」
「でっかい人?」
「(そう、半分が変な形の足をしてて、お腹にいっぱい何か乗せてたから、私も乗っちゃっていいかなって)」
「ふぅむ……?」
半分が変な足で、お腹にいっぱい荷物を載せているでっかい人とは一体何なのか。
新種の魔物であろうか、もしそうであれば街の近くに魔物が来ているという事、それは困ると考えていると、クリスがゆっくりと近づいて来てワシの傍で耳打ちする。
「さっきから何の話をしてるんだい?」
「あぁ、この子がここに来た手段なのじゃが、半分が変な足で、腹に荷物を載せた巨人と言っておってな。なんぞ新しい魔物であればと考えておったのじゃ」
「半分の足が変で、お腹に物をたくさん乗せている巨人…… セルカ、その子の足って何本だい?」
「ん? 蜘蛛と同じで八本足じゃな」
「八本の半分が…… あぁ、もしかしてだけれども、それって馬車の事じゃないか? 八本の半分、馬の四本と車輪の四つ、荷馬車ならば荷車に荷物は載せているだろうし、御者の下半身がそうなってると思ったんじゃないかな?」
「あぁ、なるほどのぉ」
言われてみれば馬車の事だと納得できる、最近は魔物やらの連続で変な勘繰りをしていたようだと、クリスが近づいてきたことでワシ強く抱き着いてきたアラクネの子の頭を撫でてやりながら、新しい魔物じゃなくてよかったとほっと胸をなでおろすのだった……