323手間
ワシが襲撃されてから二日、神子という役職はよほど皇国の民にとって大事なのだろう。連日連夜かなりの数の者が祈りに来ている。
もちろん皆、神子が矢を射掛けられたことは知っているので「ご無事な姿を一目」なんていう者はおらず黙々と祈っては去っていく、ということをナギから教えられた。
「ほんに神子は慕われておるのじゃなぁ…」
「セルカ様であれば当然かと」「神子様であれば当然かと」
「おぬしら…」
何を当たり前のことをとばかりに全く同時にスズシロとナギが口を開くので、思わずフフッと小さく笑いが漏れる。
そんな折、社の側面にある通用口がガラリと開き、侍中の一人が自分の背丈よりも大きな弓を担いで持ってきた。
「スズシロ様、大弓の検分終わりました」
「ご苦労様、それでどうだったの?」
「はい、弓張りの話によりますとこの弓は最近作られたものでは無いとのことです、手入れはしてあるので問題なく使えるそうですが」
「そう…」
新しい弓であれば、噂程度にはこれを作った者などが分かるかも知れなかったが、古くからあるものであればその手は使えない。
それにしてもかなり大きな弓だ、ワシの身長の二倍弱ほどはあるかもしれない。
「それにしても大きな弓じゃな」
「あぁ、セルカ様。古いということですし、恐らくは戦が多かった頃の物ではないかと…実用はしておらずとも祖先の武勲の証として未だ持っている者も多いので…」
「ふむ…いま作るのは珍しいが持ってること自体は珍しくないと…そういうことじゃな?」
「はい…」
「捕まえた男はどうなったのじゃ?」
ワシが握りつぶした矢に付いていた鏃に関しても、狩りには使わないが魔物退治にはよく使う物らしい。
弓矢から手がかりになりそうなものは無さそうだと、今のところ唯一にして最も確実そうな犯人のことへと話題をずらす。
「昨日の内に目を覚ましたは良いのですが、だんまりでして…」
「じゃろうのぉ…」
「神子様に手を上げる大罪…即刻首を落とされても仕方がないというに、僅かばかりに生かされている恩を返さぬとは…」
ナギが横でブツブツと、今にも呪い殺しそうな声音で吐き捨てているのをつとめて無視をする。
狐が呪詛を吐くなど本当に効果がありそうで怖い。あの男が獄中死する前に何とか情報を引き出さなくては…。
「ふむ…ではワシが行って聞いてみるかの」
「セルカ様、危険でございます」
「あやつを仕留めたのはワシじゃぞ? それにワシが出たら何ぞ反応を反してくれるじゃろうしのぉ」
「しかし…」
「あれは火の粉ぞ、なれば火種があるはずじゃ。それを消さねば森が燃える、森が燃えては手がつけられぬのじゃ。なれば火の粉がどこから飛んで来るのか、見極めねばなるまい?」
「ですが…」
「神子様のいうとおりでございます、男程度に臆しては女の名折れというもの」
ここでまさかのナギからの援護射撃により、スズシロは僅かばかりに驚いてふぅと軽く息を吐いて弓を持ってきた侍中へと指示をだす。
「分かりました…男を社務所に引きずって来なさい、もちろん大通りを通ってね」
「はっ!」
「男は今、防人の詰め所にて尋問中なのですが、流石にそこにセルカ様をお連れするわけにもいかないので、お聞きの通りこちらに連れてくるよう指示しましたのでしばらくお待ちを」
「うむ」
スズシロの指示を実行するため、タタタッと駆けていく侍中の背中を見送ってチラリとスズシロを見る。
男がワシを…神子を襲ったという事実は既に広まっているだろう、そんな折この街の男でないものが侍中に引きずられていたら…。
それも人目の多い大通りを通るとなると、一見普段通りのスズシロだが内心ではどうやら相当ご立腹のようだ。
「しかし、これほど大きな弓を見るのは初めてじゃなぁ」
「今はそこまで使われるものではありませんが、そこまで珍しいものでも無いと思うのですが」
「そうなのじゃろうが…ワシは弓を扱わんでの…」
「セルカ様は武芸全般に秀でていると、聞き及んでいたのですが」
「誰から聞いたのじゃそんな話…そんな事よりもじゃ、ワシの場合は弓で射るより自分で行って殴ったほうが早いからの…」
「あぁ…なるほど…目にも留まらぬとはまさしくといった動きでした」
「うむ…」
スズシロはワシの動きというよりも『縮地』のことを思い出したのだろう、しきりに頷いている。
だが、ワシが弓を扱わない本当の理由はそれではない。
「じゃが、使えぬよりは使えた方が良いのは道理、弓を教わったことはあるんじゃがの…そこでワシに弓は扱えぬと分かったのじゃ」
「弓を扱うのは確かに易くはありませんが、セルカ様であれば問題ないのでは?」
「いや…実に単純なことじゃ…弓をの? こう引いての」
そう言って弓を引いて弦を放す動きをする。
「バチーンとの? 弦が胸にの…? 痛かったのじゃ…」
「あ…あぁ……」
聞いてきたスズシロだけでなく、ナギも納得の呻きを口から漏らしながらじっとワシの胸を見る。
この国の女性は皆、慎ましやか…いやスレンダーな体型でそういった問題は無かったのだろう…。
あの痛みは油断していたということもあるが、筆舌に尽くし難いものがあった…。
「と言うわけでな、弓は扱えぬのじゃ」
ワシの話を聞き、スズシロとナギは自分の胸をペタペタと触り痛みを想像したのか青ざめて、それでいてホッとしたかのような羨ましそうな複雑な表情をしているのだった…。




