3405手間
尻尾をしっかりと掴まれているので不用意に動くわけにもいかず、ソファーに座ったまま書類を確認していると、アラクネの子が来たという報告を受けたのか、静かにクリスが部屋の中へと入ってきた。
近衛には誰も入れるなと厳命していたが、流石にクリスは止められなかったのだろう、ソファーで眠るアラクネの子をそっと覗き込む。
「外套だけで裸じゃから、あまり覗き込んでやらんでくれるかの」
「おっとすまない」
寝ているのでまだ服を着せておらず、外套だけでその下は何も着ていないので、あまり覗き込んでやるなと言えば、クリスは慌て身体をそらせて彼女から離れるが、その気配で目を覚ましたのか、アラクネの子が目をこすりながらゆっくりと体を起こす。
「おっと、目をこすってはいかんぞ」
「うんぅ」
体を起こした拍子にずり落ちそうになった外套を押さえ、目をこする手を止めてやれば、彼女はムニムニと両手で頬をこねるように動かしながら目を開けて、近くにいたクリスを見て動きをピタリと止める。
「あれ? アラクネは喋れないんじゃなかったっけ」
「いや、今のは」
「(だ、だれぇ)」
「ほれ、喋っておらんじゃろう」
「ほらって言われても、そもそも思念で喋ってるかどうかの区別が」
起きた時に漏れた声は、ただ単に喉が鳴っただけなのだろう。
もしかしたら発声する器官はあるのかもしれないが、思念で事足りる上に声を張り上げずとも聞こえ便利であるし、わざわざ声を使う必要もないのかもしれない。
「さて、起きたのであれば、先ずは服を着ようかの」
「(ふく?)」
「そうじゃ、人の世では裸で人前に出るのはいかんからの」
「(ダメなことなの?)」
「んむ」
「(じゃあ着る)」
ならばとまずクリスを部屋から追い出そうとするが、流石に王太子が部屋の外で待ちぼうけは外聞が悪いからというので、ならばとクリスに後ろを向かせて目を手で覆わせ、更に近侍の子らがクリスとアラクネの子の間に立ち壁となる。
「さて、まずはばんざいじゃ」
「(ばんざーい?)」
「うむうむ」
万歳の恰好は知らずとも、思念でそのポーズを受け取ったのだろう、両手を上に掲げたところに受け取った服を手早く着させてやる。
「これでよい」
「(ごあごあ)」
「そこは、着慣れておらぬから仕方あるまい」
はじめて着たであろう服の感触に違和感があるのか、服を引っ張るアラクネの子を撫でながら、とりあえず慣れるしかないと宥めつつ、大人しくしていて偉いと褒めてやれば、アラクネの子は見た目相応の笑顔をワシに向けるのだった……




