3402手間
面倒なことは面倒を引き受ける為にいる者たちに投げ渡して、晴れやかな気分でワシの執務室で仕事をこなしていると、窓をコツコツと叩く音が聞こえたが、鳥の嘴で突いたような音だったので、どうせ小鳥か何かがエサでもねだりに来たのだろうと無視をしていた。
ワシの下には時たまワシのマナに惹かれてか、小鳥や猫などがやってくるのだが、気まぐれにエサをやっていれば際限なく押し寄せてくるのが目に見えているので、猫であれば害獣を退治したり、小鳥であれば草花につく害虫を処理した場合のみ、その働きに応じてエサを与えている。
そしてその報告はワシが外にいる時にのみと周知しているので、それ以外でやって来た時は無視することになっている。
それは近侍の子らも心得たものなので、ちらりと外を確認した程度で普段は見ることは無いのだが、今回は以前保護した子がそろそろ本格的にとワシに侍っているので、コツンコツンと窓が叩かれるたびに窓をガラス越しに確認しては首を傾げている。
「神子様が外に居られない間は、外の子たちの要望に応じる必要はありませんよ」
「いえ、その、外を何度も確認しているのですが、コツコツと音がするタイミングで見ても何も居なくて……」
「それは妙ですね」
音が鳴った時は大抵、窓枠に猫や小鳥が一体どこで覚えたのか、少しでも気を引こうとあざとい姿で待っており、それに絆された侍女や騎士たちがついつい開けて甘やかすなんてことがある。
しかし、彼女が言うには音がしても外に誰もおらず、小石がぶつけられているという事もないようだ。
「確かに…… 音はするのに何も居ませんね」
「ふむ?」
近侍の子が外からは見えない位置で待機し、音が鳴ったらすぐに確認したようだが、音を出す何かは一切見えずどういうことだと近侍の子らが首を傾げている。
はじめのうちはこちらの気を引くために素早く身を隠しているのではないか、そんな風に考えていたようだが、音が鳴る瞬間にも窓の外には何も居ないと複数の近侍の子がいうものだから、仕方が無いなと書類から目を上げ、窓辺に視線をやればワシはソレを見て眉根を寄せる。
「のう、確かに窓の外にはなにも居らんのじゃな?」
「はい、今も鳴っていますが、風、ではなさそうですし」
外の草花は揺れてはいるものの、窓を鳴らす程の風の強さではない。
それもそうだろう、窓を叩いているのは全く別の者、しかもどうやらそれはワシにだけ見えているようだ。
「さてどうしたものかのぉ……」
「神子様?」
ワシは知らず知らずのうちに寄せていた眉根の皺を、ほぐすように指で眉間を揉みながら窓辺に近づき、未だにコツコツとなっている窓を開ける。
すると窓を叩いていた張本人は、開けられた窓からするりと音もなく室内に入ってくると、ワシの足元にやってきてじっとワシの顔を見上げる。
「他の者に見えぬようじゃからの、その幻術を解いてくれんかの」
ワシの言葉にうなずいたそれは、ワシからは分からないが自身に掛かっていた幻術を解いたのだろう、突然現れたそれに周囲で見守っていた近侍の子らが文字通り飛び上がって驚くことになるのだった……




