3399手間
それにしてもアラクネを見たのがワシだけだからか、誰も上半身が人で下半身が蜘蛛という容姿に疑問を挟まなかったが、一体どのようにしてあの姿になったのだろうか。
ダークエルフたちと同じようにワシの知らぬ種族であるのは間違いないが、ダークエルフと違って、どこからどうして成ったのかが分からない。
正直、生き物の魔物たちもどうして生まれたのか分からないが、アラクネたちもルーツが分からないと言うのは恐ろしい。
今回は臆病で比較的、人に好意的な印象であったが、もし彼女たちのように知恵があり幻術に優れた才を持つ種族が人に敵対的であったならば、実に恐ろしいことになる未来しか見えない。
「先人どもが阿呆なことをした可能性もあるかの」
「如何されましたか?」
「いや、ちょいとした独り言じゃよ」
人工的な宝珠をおぞましい方法で作り、生き物を炉にしてマナを生み出していたりなど、常軌を逸したことをしていたのだ。
人と獣を掛け合わせた存在を人工的に作りだしていたとしてもおかしくはない、そう考えるとホブゴブリンどもがあんな場所に居たというのにも腑に落ちる。
ホブゴブリンどもがあそこにたまたま住み着いたのではなく、あそこで生み出されたモノがあそこに居ただけと考えれば、さしたる技術もないホブゴブリンどもがあんな所に居たとしてもおかしくはない。
「さて、アラクネたちのような者が他にも居るやもしれんが、変なことを言うて敵対させるのものぉ」
「その者たちは、幻術で人の侵入を拒んでいるのでは?」
「いや、アラクネではなく、彼女たちのようにひっそりと住んで居る者たちじゃ」
「ですが、騎士たちも冒険者たちも、そうそう人に向けて敵対的な態度を取らないのではないでしょうか?」
「いや、ワシは気にしておらんが、彼女たちは下半身が蜘蛛じゃからの? 短慮な者であれば魔物じゃと断じて斬りかかったりしそうじゃろう?」
「その懸念も御尤もですが、アラクネと出会った騎士も紳士的な態度を取ったと聞いております」
「それは彼女らが美人で、下半身に目が行かんかったからじゃろう」
もし上半身がむくつけき男であったのであれば、騎士は野盗である可能性を疑ってじっくりと観察か、問答無用で襲い掛かっていた可能性がある。
「確かに…… 報告でもそう言っていましたね」
「であろう?」
もしアラクネが幻術の結界を使った野盗行為を行えば、誰にもアジトを知られることなくひっそりと確実に被害が広がる可能性がある。
それを思えば本当に今回のことは彼女たちが臆病であった事と、騎士が紳士的であったことが合わさった幸運だったと、今更になって背筋が寒くなる思いをし、ほっと胸をなでおろすのだった……




