3398手間
クリスとの話し合いを終え、様々な布告を任せた後に自室へと戻れば、キラキラとした目で近侍の子がワシを見てきた。
「神子様、商いとしてはダメですが、個人で糸を取り扱うのはダメなのでしょうか?」
「それもやめておいた方が良いじゃろうなぁ。彼女らと交流できるのはワシだけであるしの」
「そうですか、そうですよね。あ、もしかして神子様が糸を作れるようになったり?」
「なぜそう思ったかは知らぬが、流石に糸は作れぬぞ」
恐らく近侍の子らは、炎や水、雷や魔晶石のように糸を創り出せると考えたのだろう。
だが蜘蛛の糸はそれらのように単純に出来ている訳ではないので、ワシとて作れるわけではない。
そも作れるようになろうとしたら、必要なのは糸ではなく糸を吐き出す器官になるので、そういう意味でもワシが糸を作れることは無いだろう。
「糸が出来れば神子様のお着物にと思ったのですが」
「ワシの着物を作る糸やら反物は、皇国から贈られて来ておるのじゃろう?」
「はい。ですが、やはり神国で作られた糸で誂えたいと思いまして」
「ふむ。その気持ちはわかるが、そういったものは長い目で見るものであろうて」
ワシや近侍の子らの着物に使う糸や反物は、皇国からの贈り物や輸入したもので賄っている。
もちろん、神国でも糸や布というモノは生産しているが、やはり着物に使う糸や反物とドレスに使う糸や布というのは、違いがあるので最高級の着物やドレスとなるとお互いの物を使うとやはり良い物を作るのは難しい。
「ともかく糸は無理じゃな、何より言うたと思うたが、ワシが居らねば入手も加工も出来ぬのは駄目であろう」
「神子様が手触りが良いという糸、私どもも見てみたかったので……」
「絹糸とさほど変わらんぞ? むしろ絹糸の方が手触りなんかも良かったからの、頑丈さ以外は絹糸の方がよいじゃろう」
「そうなのですか」
「んむ。じゃからわざわざ彼女らに、糸を作ってと頼む必要はないのじゃ」
絹糸も別に脆い糸という訳でもなく、本当に頑丈さとアラクネの糸と言う希少性以外は、絹糸の方が上だと言える。
とはいえ良い絹糸を作るために長く研究をしてきた結果であろうし、生活の為だけに使っている糸より品質が上なのは当然だ。
逆に言えばアラクネたちが良い糸を作れるようにと努力をすれば、絹糸を超える可能性もあるが、交流はほぼ不可能な状態で彼女たちがそんな努力をするかと言えば否であろうし、そも幻術の結界のことを思えば忘れた方が良いだろうと、残念そうにしている近侍の子らを慰めておくのだった……




