322手間
ワシが壇上へと戻るとすぐに、ナギが壇の下からグイと手を引っ張る。
「神子様お手を失礼、すぐにこちらへ!」
「お? おぉ?」
慌ただしく閉められる襖を横目に見ながら、ナギに手を引かれ社のほぼ中央…畳の間へと行くと肩に手を置かれ座らせられる。
「神子様お怪我は!」
「かすり傷一つ負ってはおらぬ」
「しかし矢が!」
「んむ、刀の方に気を取られておったがあの程度、見えてからでもどうとでもなるのじゃ」
怪我が無いと分かりほっとするナギと入れ替えに、今度は社の側面にある引き戸がガラリと乱暴に開き、スズシロが足音を控えること無く駆け寄ってきた。
「セルカ様にお怪我は!!」
「落ち着きなさいスズシロ、神子様にお怪我はございません」
さっきまでおぬしもそれなりに慌てていただろうという言葉を飲み込んで、スズシロへと説明するナギを温い視線で見守る。
「申し訳ありませぬセルカ様、よもや境内の外から射掛けられるとは…」
「いや気にする必要はないのじゃ、よもやあそこまでの強弓と一矢で当ててくる様な輩が居るとは誰も予想できまいて」
侍中の殆どは境内を向いていた、それもそのはず万が一の襲撃を警戒するなら刀など確実に当てれる物を警戒する。
飛び道具を警戒するにしてもやはり境内の者を見張るがそれも当然である、何しろ社から境内の入り口の門までは三十三間堂を二つ並べるよりも長いのだから。
皇国はその土地柄、弓の主流は馬上で使ったり森のなかでも取り回しの良い短弓が主、そんな弓では届かせるのも一苦労ましてや当てるとなると相当なものだ。
「頭を上げよスズシロ、そも予告も予期出来るような事も無かったのじゃし、何よりワシを害しようなどと大それたことを考える奴がおるなど……」
「しかし…」
たとえどんな大義があろうとも、神子の人気はお披露目に集まった人数を考えれば誰でも分かる。それに弓引いたのだ。国を救うためだと言われても大半のものはそれに唾を吐くだろう。
「ふーむ、ワシに恨みのあるやつかのぉ…」
「セルカ様に恨み…ですか?」
「ワシが神子として広まる前ならば、なんぞ思惑のある輩とも考えられるのじゃが。広まってしもうたら如何な大義があろうとも、民がついてこんのではないかと思うての」
「そのようなことはございませぬ! 広まっていようとなかろうと、セルカ様を害しようとした者にだれがついていきましょう」
「そ…そうかえ…」
「その通りでございます神子様」
何がそこまで彼女らを掻き立てるのだろうか…そんな風に思うほど、体はワシの前で平伏して尚、ずずいと乗り出してきそうな気迫を感じる。
「ま、それもこれも犯人に聞けば良いことじゃろうな、素直に喋れば…じゃが」
「それですが…屋根から落ちたこともありまだ気を失っておりまして、無理に起こして死なれても困りますので」
「ま、それは仕方ないじゃろうな」
手加減に手加減を重ねたとはいえワシに殴られ屋根から落ちたのだ。死んでないだけ儲けものといったところだろう。
「弓から何かわからぬかの?」
「それも付近で捨てられていた長弓を見つけたのですが…」
「ですが?」
「確かにあまり使われることのない物なのですが、そこまで珍しいという訳でもなく、作り自体も弓を作れるものなら誰でも作れるようなモノでして…」
「ふーむ…」
許可制などにして一々作るのに記録を取っているならば兎も角、特定する技術もなければ現実はそんなものか…。
それに折り悪く…いや、この機を狙ったのだろう今は奉納で人が集まり、更に自慢の品を各々持ち寄っているのだ、多少大きいものを持っていても目立つことすら無い。
「何にせよ犯人が起きてからじゃろうのぉ」
「セルカ様には申し訳ないのですが、何卒この場で…」
「わかっておるわかっておる、待っておればよいのじゃろう?」
その通りですと、スズシロだけでなくナギまで大きく首を縦に振る。
「ではワシはしばし休むのじゃ」
「はい、すぐにお布団をお持ち致します」
「社の周りはぐるりと侍中が囲んでおりますので、どうぞごゆるりと」
ゴロンと畳の上で横になるとナギは丁寧に一礼をし、スズシロはドンと胸を叩いて社を後にする。
一人の残されたワシは、二人が社を出たのを確認すると深くため息をつき、面倒なことになったとひとりごちるのだった…。




