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説明を受けたクリスは交流が出来ないことに納得してくれたようだが、それでもまだ何やら未練がありそうな顔をしている。
「そんなにクリスの琴線に、触るようなモノでもあったかえ?」
「いや、セルカが手触りがいいと、手放しで褒める糸が勿体ないなと思ってね」
「確かに良い手触りじゃったが、わざわざ手に入れるほどかと言えば否であるからの」
「それでも、良い品質の糸の入手先が増えるのは、いいことなんじゃないか?」
「彼女たちの糸で何をしたいかは知らぬが、供給先としても糸としてもあまりよくはないぞ?」
「服やら刺繡糸に加工するのがいいんじゃないか? 供給量が少なくとも、アラクネの糸として希少性もあって良いと思うんだが」
クリスの考えたことは、確かにワシも一度考えたことだ、その事を伝えた上でワシはそういう事はしないと改めて首を横に振る。
「まず第一に、糸を作るのが彼女たちにどれだけの負担になるかが分からんことじゃ。彼女たちの普段の生活にも糸を使うからの、まともな量が貰えぬという可能性もある」
「なるほど、確かに自分たちでも使うならば、人に渡せる量も減るか」
「第二に服やらに使うにしても、色が乗るかどうか分からぬ。なかなかに滑らかな手触りじゃったかの、染料を弾く可能性があるのじゃ」
「糸そのものの色だけでも、使えなくはないだろう?」
「最後に彼女らの糸には、致命的な弱点があるのじゃ」
「致命的な? それは一体……」
「彼女たちの糸は丈夫過ぎるのじゃよ、確実に鋏やらで糸は切れんのじゃ」
「切れない糸? それは確かに致命的だな」
どんな目的に使うにしろ、切れないと言うのは糸を使う上で致命的な欠陥だろう。
アラクネたちには切る方法があるが、こちらにはその方法がない。
「けど、アラクネたちは切れてるんだろう? それがあれば」
「いや、無理じゃろうな。それも融通できるとは限らぬしの」
恐らく糸を柔らかくするようなモノであろうが、アレを融通してもらったとて、すぐに効果が無くなるようなモノであったら意味がないし、再現するにもなかなか難しいだろうと、もしかしてアレは彼女たちの唾液なんじゃないかというワシの考えは黙って、何にせよ糸として使うのは無理だろうと言う事だけを伝えるのだった……




