3390手間
全身を見たら魔物として斬りかかられるかもしれないと思ったが、男どもならば存外に蜘蛛が苦手な者以外には受け入れられるかもしれない。
特に貴族の男性陣は徹底的に女性は護るべき者と親などから叩き込まれ、こんな森の中で、明らかに女性など居ないであろう場所でも女性だからと、安全を確保しようと話しかけるくらいなのだ。
とはいえ引き合わせたところで特に何の意味もないのだが、せいぜいがあの糸に価値がありそうだくらいであろうか。
しかし、そこまでしてまで価値があるかと聞かれると疑問が残る。
まず第一に価値を定義するモノであるのは希少性であろう、アラクネの糸と言えば唯一無二であり非常に希少であろうが、糸だけで見ると実はそこまで希少ではない。
先ほど簀巻きにされた時に触れた糸を見るに、滑らかで手触りも良いのだが、似たような糸は絹糸など他にもある。
丈夫さで言えば絹糸や他の糸では比べ物にならぬほど頑丈であったが、それは彼女たちがマナを込めたからであり、それが抜けてしまえば糸にマナを再び込めなければ普通の糸と同程度か劣る強度になるだろう。
けれどもやはり、どのくらい丈夫かは気になるところ。
「ところで、おぬしらの糸はどのくらい丈夫なのじゃ?」
「(普通は私たちでも、引きちぎれないくらい丈夫だよ)」
「(細い一本でも、でっかい奴をぶらーんって出来るぐらい丈夫だよ)」
「(でもそれすると、巻いたところからスパーンって切れちゃうから、いつもは何本も束にするけど)」
彼女たちにでっかいと言われる獣だ、恐らくは熊ぐらいの大きさであろうか。
それを細い糸の一本で吊れるならばかなり丈夫だとみていいが、しかし丈夫過ぎるがゆえに細い糸ではナイフのように切れてしまうようだが。
「しかし、それほど丈夫じゃと、万が一自分に絡まったりしたらどうするのじゃ?」
「(絡まったりしないよー)」
「(けど切りたいときは、これで切るの)」
そう言って彼女たちは普通の蜘蛛であれば頭と口がある付近の鋏角だろうかを、ワシャワシャと動かしてみせる。
その先端をよくよく見れば蟹の鋏のようになっており、それを使って切るのだろうか。
「その先端の鋏で切るのかえ?」
「(ちがうよー これだけじゃ切れないの)」
「(だから、こうやって切るの)」
鋏で切れるのかと思っていたが、彼女たちはワシの言葉を否定するとそれを証明するように、細い糸を伸ばして他の子がそれを鋏角で切ろうとするが、糸は切れる様子がない。
そこへ今度はと鋏の内側から何やら透明な少し粘性のある液体を滴らせ鋏に纏わせると、同じように糸を挟めば、今度はいとも簡単に糸がプツリと途切れる。
「なるほど、それが無ければ糸は切れぬのじゃな?」
「(そう、気合を入れたらこれでも切れなくなるけど)」
「(そんな時は、気合が抜けるのを待つの)」
気合というのはマナの事だろうか、つまりワシの予想とは違い彼女たちの糸は、マナが抜けたところでその丈夫さはすさまじいのだろう。
しかし、それはそれである意味価値がなくなるというモノ、何せ頑丈過ぎれば加工が出来ない、大きな獣を細い一本で吊れるほどの頑丈さならば、糸単体でも使い道はあるであろうが、やはり用途は限られてくる。
ならばやはり見目はともかく、彼女たちを利用することを考えるのは止めた方がいいだろうと、きゃっきゃと自分たちの糸は凄いのだと無邪気に自慢してくる彼女たちに、そんな内心もあり苦笑いで返すのだった……




