321手間
神子のお披露目の際に行われる奉納、鍛冶屋が打った刀剣や鍋、機織りの布にそれを使った着物、菓子職人が作った今一番人気の菓子から新作の菓子まで。
奉納されるのはその様な人々が作り出したものだけに限らず、防人が差し出すボロボロのけれども丁寧に修繕され長く使われていたことが分かる武器に防具、狩人が掲げる立派な牙。
奉納とは神子の目を通じて女神さまに自分の頑張りを伝える、その様な儀式だとナギは言う。
今回境内が埋め尽くされるほど人がいるのは、女皇が国中に布告しさらに援助したということもあるが、長らく神子が不在だった為ということも大きいらしい。
ちなみに神子が在位の間は、一巡りに一度であれば奉納はいつでも出来る、しかし直接神子にお目見えすることは出来ないとの事。
「しかし…これは何とも人が減らぬのぉ」
「私どもの間では、尻尾の数が多いほど女神さまに近しいといわれておりますので、九尾であらせられる神子様の御目に留まれば、それすなわち女神様のお目に留まると皆信じておるのです」
「ふむ、それで尻尾の数が多い獣人が神子をやるのじゃな」
形は多少違えども、女神さまへの信仰はカカルニアも王国も皇国も変わらずどこも厚い。
尻尾の数で格が決まるとは何とも獣人らしい基準だが、それならスズシロやナギのワシへの異常なほどの献身っぷりも納得ができる。
納得はできるが、過保護なのはちと勘弁してほしい…。
「これは今期より売り出しました―」 「良質の染料が採れましてその色で染めました――」
「うむ、うむ」
内心のあれやこれやは置いておき、次々と目の前に出される品々とそれの説明をする者たちに「うむうむ」と頷く作業をひたすら進める。
一応特に気になるものがあれば流れを止めて話すことも出来るのだが、どれもこれも趣向を凝らしてはいるものの、技術的な多様性は無いのでどうしても似たり寄ったりな物ばかり。
魔具やそれ以上に多種多様な物があふれる世界を知っている身としては、特に止めることもなく満足げに頷くくらいしか出来ない。
しかもワシは長く生きてる分、多少目利きは出来るものの物作りに関しては素人である、何かこうすごい技術で作られていたとしてもよく分からない。
けれどもワシの目の前に持ってこられる品は、丹精込めたを文字通り体現する、作った者、身に着けていた者のマナがこもった品ばかり。
マナがあらゆる物に欠かせないこの世界、技術や多様性、どの様なモノよりもそれにどれほどの情熱が注がれているか実によく分かる。
なればこそ、差し出される品に満足げに頷く他、ワシに出来ることはないというもの。
「神子様におかれましてはご機嫌麗しゅう、この度私めはこの品を奉りに罷り越しました」
「ほう…見事な刀じゃな…」
波紋の美しさの基準などさっぱりだが、それでも何か引き付けられる刀架に抜き身のまま置かれた刀を、恭しく掲げる獣人の女性。
その仕草はまるで刀に触れたくないと言わんばかりだが、それほど刀に大事にしているのかと特に気にせず刀にこもったマナを見る。
「ふむ…これはまた凄まじいのぉ、しかしこれはおぬしが打った物ではないの?」
「流石神子様、仰られた通りこの刀は私めが打ったものではございません」
刀にこめられたマナは人一人に匹敵するほどのモノ、しかしよく似てはいるが恭しく掲げている者のではない。
奉納では自分の物以外は持ってきてはいけない決まりと聞いた、マナが見えぬ者であれば騙されたであろうが、それはワシには通用しない。
この国の者であるなら法度はよく知る事だろうに、その事を指摘しても恥じることも誤魔化すことも無く彼女はあっさりとそれを肯定する。
「己の物以外は法度であったはずじゃが? それを知らぬはずはあるまい?」
「もちろんでございます、此度恥を忍んでお持ちしましたこれは、姉の遺作にございます」
「ふむ…」
自分以外の品ということで、僅かばかりに剣呑な雰囲気を醸し出す巫女と侍中たち。
しかし遺作ということを聞き、直ぐにでも取り押さえようかと構えていた侍中らの気配が収まる。
「姉は神子様にこの品を奉ることを夢見て昼夜問わず打ち続け、この刀を仕上げると同時眠るように…」
「そうじゃったか…亡き姉の願いを叶えるとは大義であったの」
「勿体なきお言葉、大地に還りました姉も喜んでいると思います、ですが一つ…」
「一つ…どうしたのじゃ?」
「神子様も巫女の皆様も、この刀にはお手を触れないよう…伏してお願い申し上げます」
「大事な物というのは分かるが…それはどういう事じゃ?」
「打てぬとはいえ私も鍛冶屋の娘、刀剣に限りですがマナが見えるのです」
「ほほう!」
カカルニアでは優れた魔法使いはマナが見えずとも感じる者は多かった、それがなるほど限定的とはいえ宝珠が無いものでも見えるということも十分ありえるだろう。
もしかしたら意外と見えてる者は多いかもしれないが、それをマナだとはっきり認識してる者が居ないのかもしれない。
「打ってる最中にこの刀が姉のマナを吸っているのを見たのです、姉が亡くなったのも言葉通りこの刀に全てを注いだため…」
「なるほどの、分かったのじゃ」
「信じて…頂けるのですか…」
「うむ、何を隠そうこのワシもマナが見えるか――」
「神子様!!!」
言い終えぬ内、脳天目掛け矢が飛来しワシの頭に突き刺さる……こと無く寸前で止められちょうど目の前に鏃が見える。
「この程度のモノ、ワシに当たるとおもたら大間違いよ」
「みっ神子様の御身をお守りするのだ!!」
刺さることは無かったが、ワシを狙った矢の存在は周囲を混乱に陥れるには十分な一矢だった。
「いや…よい…矢を射った奴は分かっておる…」
「神子様! いけませぬ」
鋭い反しが付いた矢を握ったところからベキリとへし折ると、壇上にて立ち上がり矢を射ちかけた者を睨みつける。
「さて、このような席を穢した者には、それ相応の報いを受けてもらおうかの」
矢を射ったのはあの屋根の上に居た輩、すでに脱兎とばかりに屋根伝いに逃げているが、無駄な努力をと鼻で笑い『縮地』を発動させる。
「残念じゃったな、ワシからは逃げられぬ」
「なっ!」
突然眼前に現れたワシに驚きたたらを踏みつつも、即座に体勢を立て直し腰に佩いている太刀を抜き油断なく構える姿から、戦い慣れていることがよく分かる。
鉄黒の地味な着物に同色の頭巾をかぶって正体は見えないが、その声と体格から男であることは間違いないだろう。
「恨みは無いが…大義のために死ね!」
「はぁ…小物のセリフじゃのぉ…」
男は正眼に構えている刀で、踏み込む勢いそのままに疾風迅雷の突きを繰り出してくるが、ワシにしてみれば一眠り出来そうなほどでしかない。
半身ずらして刀の背側から鎬を握るとペキンとまるで小枝でも折るかのように刀を真っ二つにし、折れた刀を握ったその手で相手の顔面に一撃を叩き込む。
「うむ、鼻はべっきりといったようじゃな」
顔面を殴られた男は蹴鞠のように屋根の上を二度三度と跳ねて転げ、そのまま屋根から大通りへと落ちていく。
「ま、死にはしとらんじゃろう」
呟きながら屋根の縁へと向かい男が落ちたところを覗き込めば、外にいた侍中たちが落ちた男を今まさに取り押さえようとしていた。
「後は任せたのじゃー」
屋根の上から侍中たちに声をかけ、手の中にある折れた刀を『狐火』で跡形もなく消し去ると、ここに来たときと同じように社の壇上へと『縮地』で戻る。
戻った先ではそれなりに動ける暇はあったというのに、ワシが飛び出した際と寸分たがわぬ様子で皆固まっていた。
「犯人は取り押さえられたからのぉ…続きをするとしようかの」
「み…神子様? 流石にこれでは続きなど出来ませぬ、後日…いえこの騒動が解決するまでは無しでございます」
「その通りでございますセルカ様!」
「しかし…集まってもらった皆に悪かろう?」
「それよりも神子様御身の方が大事でございます!」
「わ…わかったのじゃ」
まさに鬼気迫る様子で詰め寄るスズシロとナギを相手にしては縦に首を振るほかない。
奉納をしに集まって来た人たちは、奉納が中止になっただけでなく侍中たちに取り調べを受けることになった。
さっさと社の中へと引っ込まされたワシは後で聞いたのだが、中止と取り調べを受けたにもかかわらず不満が出るどころか自分たちが犯人をとっちめてやると息巻いていたと聞いて、安心しその様子を想像し苦笑いを浮かべるのだった…。




