3384手間
蜘蛛の糸に残っていたマナを辿って森の奥へと向かえば、段々と蜘蛛の糸が絡まっている木々が増え、さらに奥に踏み入れば、まるで木の葉が落ちるのを防ぐかのように、枝葉の下に逆さまにした傘のように網が張られる木々が出てきた。
こうなってくると完全に相手の縄張りに踏み入ったようで、上の異様な姿に気を取られている者の足元を掬うように細い糸が張り巡らされていた。
「ふむ、マナが見えておるから見えたが、普通に見ればここに糸があると、確信して見なければ見つからぬ細さじゃな」
糸の細さや込められたマナの量を見るに、これに触れたからと言って足が切れるなどと言うことは無く、鳴子のようにこの糸を張った者に伝わるのだろう。
だがワシには丸見えならば引っかかるようなこともないので、ひょいひょいと避けながら先へと行けば、流石にこんな罠に引っかからずとも相手がワシを見つけたのだろう、じっとこちらを見ている視線と、その先にあるマナの塊が幾つも感じる。
それにしても視線を隠していないのでバレバレであるが、気配の消し方そのものは流石に蜘蛛だけあって上手く、視線やマナを辿らなければ森の中で見つけるのはワシであっても至難だ。
「とはいえ、ふむ?」
流石に隠れたままにしておくのはと思い視線を感じる先を見れば、木の幹に隠れ頭の半分だけをこちらに向けているモノを見つけた。
だがそれはどう見ても蜘蛛の頭ではなく、騎士の報告にあった赤い目の女性の頭だった。
けれども道中に蜘蛛が移動したような跡はあったが、人が移動している痕跡はなかった。
もしかしたら蜘蛛を使って自分たちは全く動いていないか、大きさから考えて蜘蛛に乗って移動などしているのだろうか。
なるほど、森の中で生活しており、馬のように乗りこなせるのであれば、なるほど蜘蛛は良い動物だろう。
「ワシはおぬしらに危害を加える為に来たのではない、出てきて話をせぬか?」
魔物であれば切り捨てるつもりで来たが、人であるならば最初から話すつもりで来ていたのだ、噓偽りはないと声を出せば、こちらを見ていた何人かがピャッと木の幹に隠れ、更に何人かは突然声を掛けられたことに驚いたのか、彼女らが逃げ出した瞬間に信じられないモノを見てワシはこめかみをほぐすように額に手を当てる。
「あれは蜘蛛に乗っておったようには、見えんかったの……」
最初は蜘蛛に乗って逃げたのかと思ったが、ワシの目はしっかりと一瞬だけ見えたその姿を逃さなかった。
どう見ても蜘蛛の身体から人の上半身が生えている、何というのだったか、確か……
「アラクノ? アラクニ? いやアーラクネ、アラクネじゃったかな」
下半身が蜘蛛で上半身が女性の魔物がそんな名前だったと、昔たしか聞いた覚えがある。
「あー、ワシの意思が伝わっておるのならば出てきてはくれんかの」
何も持っていないことを示すように両手を上げれば、いくつかの気配がこちらを窺うようにゆっくり近づいているのを感じる。
例え言葉は通じずとも、ワシの意思を載せたマナを受け取っているのであれば、正しく意味は理解してくれているだろう。
そう考えていると突然ワシの前に勢いよく、一匹、いや一人のアラクネが飛び出してきて、その赤い瞳で以て、ワシの目をじっと見つめてくるのだった……




