3381手間
現状、被害も接触もないが、魔物の仕業であろうと最大限の警戒を騎士たちに求めたが、それでもさほどの成果を挙げることは出来なかった。
更に何と言えばよいのか、成果は挙がらなかったが、奇怪な現象はますます酷くなったのが報告書から分かる。
「女性が巨大な蜘蛛に攫われた、美女に会ったから声を掛けたら、いつの間にか森の外にいた…… 前者はともかく、後者は職務中に何をしておるんじゃ」
「その女性に遭遇したのは森の中でございますし、あまりにも場違い故に、何か事件に遭ったのではないかと、声を掛けようとしたそうでございます」
「ふぅむ。しかし、この辺りで失踪などがあると言う話もないのじゃろう?」
「はい。女性が失踪した家出した、誘拐されたなどと言う話はございません」
「では、やはり魔物の幻術かのぉ」
だが今のところ騎士たちに一切の被害は出ていない、せいぜい蜘蛛に驚いて転倒したくらいなもので、直接的な何かをされてはいなかったのだが。
森の中で美女に話しかけたら森の外に追い出されたというのが、直接的な最初の被害と言えば被害だろうか。
「それにしても、わざわざ森の外に送るとは、随分と親切な魔物じゃな」
「怪我などはなく、周囲の証言と照らし合わせますと、普通に歩いた程度の時間で遭遇した箇所から、森の外に放り出されたようでして」
「誰に送り出されたなどは、見ておらんのじゃな?」
「放り出された騎士によりますと、声を掛けようとした女性が振り返り、赤い目が見えたかと思った瞬間から、森の外で他の騎士に声を掛けられるまでの間の記憶がないとの事です。彼を発見した騎士も、森の外で座り込み呆けているところを発見し、周囲に何も居なかったと」
「うぅむ、かなりの間、気を失っておったのに何もされていなかったと」
「念のために検査をさせましたが、何もされている様子もなく、異常行動なども確認されておりません」
「人の記憶を飛ばすなぞ、随分と高度な事をしておる割に、なんもしておらんというのは気になるのぉ」
完全に無防備だったというのに、その間に殺したりなどもせずに、ただただ森の外にやっただけ。
よほどその騎士が不味そうだったのか、追い返すにしてもそれだけの力があるならば、もっと別な方法があるはずだ。
何よりその行動で、その森に居る魔物かなにかが随分と知能があるのを感じられる。
「やはりワシが行くしかないじゃろうな」
「しかし、王太子妃殿下に万が一がありましたら」
「ワシにそのようなモノは存在せぬ」
相手が幻術であるならば、ワシでなくては対処できないだろうと腰を上げ、止める文官を手のひらで追い払いつつ、足早にクリスの下へと向かうのだった……




