320手間
猩猩緋の薄い襦袢の上に薄青の糸で花や葉を模った刺繍を施した象牙色の引き裾の袖丈の長い着物。
着物の合わせ目から僅かに猩猩緋の赤が覗くそれは、純白で綿帽子を被っていればまるで白無垢のよう。
その着物の裾を引きずりながら社の入り口、襖を開ければすぐそこは外といったところに備え付けられた壇上へと登る。
壇とそれを置いてある床までは、せいぜい間に踏み板一枚挟んだ程度。
しかし、社の入り口には階段があり、更に社が建っている石垣の上に登るための階段がもう一つある。
その為に境内の広場から見れば、ここはまるで玉座にも見えるだろう。
「神子様、皆々至高の粋を集めた品を奉納いたしますが、御自らお手に取らぬようにお願い致します」
「何を言うておる、ここに座っておっては届かぬであろう?」
壇の縁には朱色の欄干が登り口以外にあり、たとえその縁に行って身を乗り出したとしても床に手が届かないだろう。
そんな分かりきったことを、壇の上に正座しようやく目線がワシの方が上になったくらいのナギが言うので首を傾げる。
「スズシロから、神子様は御自ら行動したがる方だと、聞き及んでおりましたので…」
「いやいや、そんなはしたない真似は流石にせん! スズシロの奴め一体どんな風に語ったのじゃ」
スズシロら侍中は、中は巫女たちに任せ外の警備を買って出ている。
その為今すぐに問い詰めることはできない…後で絶対に文句をいってやると拳を握りしめ、一先ず今は目の前の事に集中する。
「では神子様、よろしくお願いいたします」
パンッと一つ、合図よりも柏手のようにナギが手を打ち鳴らす。
するとワシの着物と同じ意趣、同じ色の糸で刺繍が施された鳥の子色の小袖を着て猩猩緋の袴を履いた、いかにも巫女といった装束の二人がスルスルと襖を開ける。
「おぉ……」
そう口から発したのはワシか民衆か、一度起こったどよめきは潮騒のようにその場に広がっていく。
「これは…何とも壮観じゃなぁ」
「皆、神子様に自慢の品を奉納しようと参った者でございます」
「これが皆とな?」
各々が様々な物を持ち寄っているからであろう、ぎゅうぎゅう詰めとはいかないものの境内を埋め尽くさんばかりの人の数。
「ふむ…うーむ? どうやら男も混じっておるようじゃが?」
これだけ獣人が集まるだけで中々に壮観で、じっくりと左から右へと見ていればそこには男の獣人も混じっていた。
確かに誰も彼も優男であるし、女装でもすれば女に見えなくもない容姿のものばかり、これだけの人が詰めかけては皆々注意を行き渡らせるというのも無理なものだろう。
「ご安心を、普段は問答無用でございますが神子のお披露目、その日ばかりは男も境内に入ることを許されておりますので」
「ほうじゃったか…それにしても凄まじい人出じゃなぁ…おぉ、あそこ屋根にまで登っておる」
「屋根に…ですか…まぁ、それも致し方ないでしょう…本日境内に入れるのは品を持参できる者のみですので」
「ほほう…この街はかなり大きいがここまで人がおるとはのぉ…」
「この街だけでなく国中より集まっておりますので」
「なん…じゃと…」
この人出、国中からと思えば納得だが…それにしても国中とは…。
「女皇陛下直々のお触れでしたので、特に此度は集まっております」
「なんと…あやつの差し金かえ…」
後ほど聞いた話ではあるが、普段であれば神子様を一目見たくとも、旅には金もかかるし行くも手間と街に近い者しか集まらないそう。
しかしこの度は奉納に値する品を持っていれば、旅の援助をすると女皇陛下名義でお触れを出していたと…。
「あぁ…そう言えばこれ皆なんぞ品を持っておるんじゃったなぁ…」
ここに居る人みなワシ…というよりも神子に何かしらの品を奉納するために来た人たち。
つまりここに居る人数と同じ数だけの何かを見なければならないのかと、心中でがっくりと肩を落とし最初の一人が石垣の階段を登るのを胡乱な目で眺めるのだった…。




