3369手間
クリスがすらりと剣を抜き、ホブゴブリンの横に立ったところで奴にもこの後に何が行われるのか気付いたのか、先程までより暴れもがこうとするが、当然多少肩を動かす程度でこの場から逃げ出すことも逆転の一手を打つことも出来ない。
それでもなお抗おうとクリスが剣を振り上げたところで、ホブゴブリンは首に力を入れ、はた目から見ても分かるほどに筋肉を隆起させて剣を防ごうとするが、クリスはそれにも構わず裂帛の気合の声と共に剣を振り下ろす。
しかしクリスの太刀筋は良いが、そのままでは分厚い筋肉に阻まれて多少めり込む程度で、ホブゴブリンの首を落とすことは出来ないだろう。
そもそも人の首を落とすにも、重い斧や大振りの剣を使うのだ、クリスの持つ騎士が扱う剣ではかなり厳しい。
とはいえそれでは格好がつかないので、クリスが剣を振り下ろすに合わせてワシがそっとホブゴブリンの首を斬り落とす。
「王太子殿下お見事でございます」
「あぁ、ありがとう」
想像するような手ごたえがなかったからか、クリスは危うく地面に剣を叩き付けそうになっていたが、ピタリとすんでの所で剣を止めると、騎士たちの称賛にちらりとこちらを見てから手を上げ鷹揚に応える。
「それにしても、オークなどと同じと思っておりましたが、これほど手強いとは……」
「オークより大きな上に、オークよりも素早く知恵も回るからの」
「従来のように槍で相手をしていては、こちらの被害も増えておりました、流石王太子殿下の御慧眼でございます」
「騎馬の突進を止めるように、大楯と槍の組み合わせはありかもしれんがの」
オーク相手に使うような取り回しが良いように、細く短い槍ではなく、騎馬の突撃を止めるような、長く丈夫な槍であればホブゴブリンの突進を止めるのに有用だと、先ほどの姿を見て思い直したと言えば、騎士もなるほどと同意してうなずく。
とはいえそんな事よりもオーク以上に知恵が回るということが問題だ、こいつはオーク並みに短気で浅慮だったお陰で真っすぐ突っ込んできたが、如何にも愚鈍そうな見た目に反して、他の個体はかなり狡猾なようだ。
「この首を持ち帰れば、殿下は正しく英雄として――」
「話はそこまでじゃ」
首が落とされワシが拘束を解いたことで、力なく崩れ落ちたホブゴブリンを前に、騎士たちがやんややんやとクリスを褒めたたえているが、ワシが鋭い声でその称賛の声を止める。
「王太子妃殿下?」
「ほれ、来おったぞ」
喜びに水を差された騎士が疑問の声を上げ、気がそれる瞬間を待っていたのか、恐らくクリスたちから見えないギリギリに隠れていた巨大なホブゴブリンが二匹、別々の方向から斧を構えて声を上げることなく飛び込んできた。
しかしワシにはしっかりと忍び寄るところか見えており、先の一匹と同じように飛び込んできた二匹はワシによって拘束され、同じように首が落とされるのを待つだけになるのだった……




