3368手間
痛みに対して鈍いのか、それとも怒りで我を忘れているのか、多少は速度は落ちてはいるものの、ボルトが何本も突き刺さろうとも足を止めぬホブゴブリンに騎士たちが悲鳴に似た声を上げる。
「頭だ! 頭を狙え!」
クロスボウ持ちの騎士たちに指示を出していた騎士が、叫ぶようにようやく姿が見えてきたホブゴブリンの頭に狙いを定めるように声を荒らげる。
今まではほとんど姿が見えなかったので、殆ど狙うということが出来なかった、しかし姿が見えたことで相手を確実に仕留めれるであろう頭を狙うことにしたようだ。
確かにクロスボウの貫通力であれば、頭に当たりさえすれば致命傷は間違いない。
だがしかし、さしものホブゴブリンでも頭に当たれば危険ということを察したのか、それとも存外冷静なのか、両腕を交差させて頭を守りながら突進してきた。
クロスボウは確かに通常の弓よりも貫通力が高いが、魔物や獣などの生身の相手を想定しているので、過剰な威力は持たせていない。
なので巨大な体躯に見合う人の胴体くらいあるのではと思えるほど筋骨隆々な腕二本分の厚さの筋肉を貫通することは出来ず、致命傷は与えれていない。
「怯むな! どこでもいい、間断なく撃ち続けろ!」
指揮する声が響くが、指示など出さずともそれしかないというのは騎士たちも良くよく分かっているのだろう、必死の形相でクロスボウを操作しこれ以上ないくらいの間隔で撃ち続けている。
けれどもホブゴブリンの耐久力が想定以上にあり、勢いを殆ど削ぐことが出来ずに接近を許し、いよいよ最前列と衝突しようとしたところで、まるで糸が絡みついたかのようにピタリとホブゴブリンの動きが止まり、大楯を構えていた騎士たちが恐る恐るとホブゴブリンを見上げれば、眼光だけで人を射殺せそうなその形相に彼らは思わず後じさる。
「ほれ、ワシが止めている内に仕留めぬかえ」
「どうやって止めたんだい?」
「なに簡単じゃよ、奴をマナで縛り上げただけじゃ」
右手を軽く上げているだけでホブゴブリンを拘束しているワシに、クリスが不思議そうに聞いてくるが、至極単純、マナで縛り上げているだけに過ぎない。
厳密に言えば物質化するギリギリまで濃度を上げたマナに、相手を固定するという意思を載せたのだ。
言ってみれば至極単純、しかしギリギリの濃度まで上げるのも、そこに不動の意思を載せるのも至難の業であり、故にホブゴブリンには勿体ないほどの力で拘束されているので、決して奴がそこから逃げ出すことは出来ない。
「折角じゃし、クリスがあの首を落とすかえ?」
「あ、あぁ……」
さっきまでの悲壮な空気はどこへやら、呆けた様子の騎士たちの間に空しくホブゴブリンの唸り声だけが響き渡る。
「とはいえ、このままでは首を落としにくいかの」
ワシであればひょいと飛び上がって切ればいいだけだが、普通は自分たちよりも数倍背の高いホブゴブリンの首に手が届くわけがない。
なので上から押さえつけるようにしてホブゴブリンに無理矢理首を垂れさせれば、正に断頭台に置かれた囚人の如く、思わず距離をとった騎士たちの間をクリスがゆっくりとホブゴブリンに近づくのだった……




